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【犯人探し】(1/3)R15注意

通勤ラッシュはピークに達していて―

本文

 通勤ラッシュはピークに達していて、地下鉄の車内は、お互いの体がくっつけずに立っているのは無理な状態だった。
 その男は、うつむいた女子学生の体に、手の甲や太ももを押しつけていた。
 あからさまに体をまさぐらないのは、いざという時に、車内が込み合っていたからだと、言い逃れができるようにだろう。でも、いくらこみ合っていたからといって、普通、女子の太ももを膝頭で割るような事にはならない。
 一見、普通の会社員に見えた。というか、少し卑劣なだけで、じっさい普通の会社員だった。ちょっとくたびれた中年だ。有名製菓会社勤務、企画二係、商品開発主任。趣味はゴルフ。中肉中背、性格は几帳面。妻有、子供二人。婿入りしているので、通勤は妻の実家から。そんな事情から、少しはストレスも有ったのかもしれない。
 でも、それは言い訳にはならない。
 被害者の女子は、まあ、状況が物語っているように、大人しそうな外見だった。加害者よりも被害者の方が後ろめたい顔をしているのが、この現象の特徴でもある。共依存という言葉があるけれど、少しはそんな病的な心理も働いているのかもしれない。
 けれど、この子は、通学の時間を、三度変えようとした。
 嫌だったからだ。
 抵抗しようとした事もあった。何度かもみ合いがあったけれど、けっきょく、男に押し切られた感じだ。図にのった男の行動は、だんだん酷くなってきていた。
 決定的な事をしないかわりに、どこまでもしつこくつきまとっている。
 この男は、もうわけが分からなくなっていた。馬鹿だから、彼女がノイローゼになるまで、きっと同じことを繰り返すのだ。
 その先に、なにかがある訳じゃないのに。
 けれど、あたしは優しいので、この程度の犯罪には、最後のチャンスをくれてやる事にしていた。
「ねぇ、やめたほうがいい。その子、嫌がってるよ。分からないの?」
 驚いたのは、男ではなくて女の子の方だった。高校生だ。年はあたしくらい。高校一年生か、二年生、隣の学校の制服だった。びっくりしてあたしを見た。綺麗な子だった。軽くカールした髪や、ほんわかとした雰囲気が、アニメのヒロインみたいだった。
「今なら、間に合うよ。ごめんなさいを言って、もう終わりにしよ」
 男はなにも言わずに、顔をそらして場所を変えた。
 馬鹿だから、この男は最後のチャンスを棒に振った。
 後の話だが、あたしは、その男のこれまでの痴漢歴、被害者にモザイクをかけた痴漢行為を記録する画像、動画を、その男が務める製菓会社の上司、同僚と、男の妻、男の義理の母にメールで送りつけた。
 二度と地下鉄で見かける事はなかったので、結果はだいたいわかった。
 あたしには、特別な才能があるのだ。
 あたしは、隠した犯罪者の顔を、丸裸にする事ができる。
 列車を下りると、その子は駅が違う筈なのに、あたしについて来た。たぶん、その日は遅刻したと思う。
 その子は、人が流れるホームで立ち止まり、あたしの手を取って言った。
「ありがとう。すごい、勇気あるんだね」
 勇気は、あまり関係ない。あたしは被害者でも、加害者でもないのだ。
「メール教えて、お礼したいの」
「え、それはちょっと……」
 ともかく、それが真樹ちゃんとの出会いだった。痴漢につきまとわれていた女の子、俵藤真樹。たった一人の、あたしの友達。
 それから、もう一年になる。
 真樹ちゃんは、バイトやらピアノやらで忙しいのに、日に何度もメールをくれる。週に三回くらいは一緒に遊んでくれる。ちょっとかみ合わない時もあるけど、それでも、あたしは真樹ちゃんが遊んでくれるのを楽しみにしていた。
 あたしは女の子にしてはちょっと背が高くて、髪もあまりかまわないので中途半端な長さだ。服もほとんど制服しか持ってないし、化粧もしない。顔はまあ、悪くはないんじゃないかなとは思うけど、自分ではよくわからない。
 ちっちゃくて可愛い真樹ちゃんと一緒にいると、あたしがエスコートしてるみたいに見えるはずだ。
 実際には真樹ちゃんが、あたしに知らないことを教えてくれる。
 あたしには気後れするような店で買い物したり、真樹ちゃんが教えてくれる、名前も知らない、得体が知れないコーヒーのような物を飲んだりするのは、なんだか自虐的な快感がある。
 真樹ちゃんは天然だから、あたしが喜んでいると思っている。
 それがうれしい。
 いつだったか、二人で映画を見ていると、すごく楽しみにしていたのに、真樹ちゃんは居眠りをしていた。
 たぶん、バイトで疲れていたのだ。
 疲れていても、あたしとの時間を作ってくれているのだと思うと、なんだか、寝息をたてている真樹ちゃんが女神みたいに見えた。
 もし、あたしが男だったら、もうえらいことになっている。
 でも真樹ちゃんは、原則で言うと、あたしとは違う世界に住んでいる。姉が死んでから、あたしは普通の人とは違う種類の人間になった。
 あたしは、もっと、薄暗くて、無機質で、かさかさした世界の住人だ。その世界には、悪意とか、憎悪とか、失敗とか、油断とかいった言葉がしっくりくる。
 あたしはまだ、油断していない。
 真樹ちゃんといると、時々、油断しそうになる時はあるけれど。
 だから、時々、一緒にごはんを食べてくれるだけで、あたしには十分なのだ。


 その日のことは、今でも憶えている。真樹ちゃんに出会うより、ずっと前の出来事だ。
 お姉ちゃんは、事務機の会社に勤めるOLだった。
 物心ついてからは、どちらかと言えば仲のいい姉妹だったので、あたしはごはんを食べに連れていってもらったり、服を買ってもらったりしていた。
 お姉ちゃんは、清楚を売りにするお嬢様属性だったので、一緒に買い物をしていると、ちょっぴり鼻が高かった。
 少し年が離れていたので、よけいに友達みたいな感覚だったのかもしれない。
 お姉ちゃんは、もうすぐ、家をでて一人暮らしをする予定だった。
 その日、お姉ちゃんは膝を擦りむいて帰ってきた。
 膝だけじゃなくて、顔も少し腫れていた。唇が割れて血がこびりついていた。
 それだけじゃなくて、ブラウスのボタンが、ぜんぶ千切れていた。
 胸元を押さえて、壊れたヒールを手にぶら下げて帰って来たのだ。
 玄関の外で迎えたあたしは、呆然としていた。携帯でマンションのエントランスまで呼ばれた理由は、これだった。
 携帯で両親を呼ぼうとすると、お姉ちゃんは、べそをかきそうな顔で言った。
――だめ。見られたくないの。黙ってて千夏。
 千夏というのは、あたしの名前だ。草加千夏。なんだか暑苦しい名前だと思う。
 あたしは、両親の目に止まらないように、お姉ちゃんを部屋に上げた。
 シャワーを浴びたいというので、見張りも務めた。
 たぶん、乱暴をされたのだ。
 夜、部屋へ様子を見に行くと、お姉ちゃんは頭から布団をかぶって震えていた。
――警察に行ったら? あたし、一緒に行くよ。
 泣き寝入りは、あたしの性には合わない。
――だめ、警察に行ったら家族もひどい目に合わせるって、千夏のことも知ってるの。大勢いるのよ。
 すこし、いらっとした。そんなの脅しに決まってる。
――だめだよお姉ちゃん。こんなの、言うとおりにしたらきりがない。
――あたしのせいなの。
 お姉ちゃんは言った。
――あたしが馬鹿だったの。
 あたしは、目をはなすべきじゃなかったのだと思う。
 翌朝見つけた時、お姉ちゃんは、もう冷たくなっていた。クスリの過剰摂取だ。お姉ちゃんの顔は、逆流した胃液で、少しだけ汚れていた。お姉ちゃんが、そんな悪い薬を持っているのも信じられなかった。
 後で知ったことだけれど、お姉ちゃんは、もう何か月も前から、そういう生活を続けていたのだ。あたしが知らなかっただけだ。
 怪我をしていたのは、たまたまその時、暴力馬鹿がパーティに混じっていただけだ。
 お姉ちゃんの携帯をのぞいて、それを知った。
 男の一人からのメールは、こんな感じだった。
『あの馬鹿のせいで、パーティ台無し。りなたん、ごめんね。また連絡するから。断ったら会社行くからね』
 そう、書いてあった。男なんかみんな死ねばいい。
 警察にお姉ちゃんの携帯を渡さなかったのは、犯人の中に未成年が含まれているようだったからだ。警察では十分な事ができない。あたしがやる。
 それから、準備期間に半年かかった。


 最初に、大手検索サイトの機能を使って情報収集をしてくれる、ネット巡回ロボットのコードを書いた。もともとあたしはエンジニア志望だ。
 ネット上のコンテンツは膨大で、自分で全部をチェックしてゆく訳にはいかない。情報はネット上にあるので、このロボットが記録してゆくのは、コンテンツの関連性だけだ。
 検索対象は、
 お姉ちゃんの名前、それから連想されそうな『ペットネーム』。
 過去一年間の、性犯罪の記事。
 倒錯した、性的嗜好の記事。
 脱法薬物に関する記事。
 集めた情報は、無料の情報保存サービスにいくつかのアカウントを作って、データベース化した。
 そうして、集めた情報を、あたしは一つ一つ確認した。感情がないロボットでは、洗いきれない情報があるのだ。
 人が生活すれば、世界には痕跡が残る。
 人が撮影した動画や画像に見切れてしまうこともあれば、誰かの日記に、名前も知らない誰かとして表現されてしまうこともある。
 最初に出てきたのは、お姉ちゃんの死んだ夜、秘密で開かれた淫らなパーティの記事だ。
 その記事を書いたのは、ただの愛好者で、暴力的な人物ではない。
 高い会費を払ったのに、途中で『りなたん、というペット』が使い物にならなくなって、たいへん、残念なパーティだったそうだ。
 その男のパーティ参加記録に、お姉ちゃんは記録されていた。その男の友人関係の記録にも、お姉ちゃんの姿があった。ぼかしが入ってるけど、あたしが見間違える筈がない。
 動画も確認した。お姉ちゃんは泣きじゃくっていた。それが、たまらなくそそるんだそうだ。
 みんな、死ねばいい。
 はっきりと分かったことがある。お姉ちゃんは、ただそういう事を強要されていただけじゃない。男達の収入源にされていた。食い物にされていたのだ。
 お姉ちゃんを殺した男達は、まだ、そういうパーティを続けていた。主催すれば金になるからだ。人気があるパーティメーカーだった。
 リアルだから興奮するんだそうだ。当たり前だ。ほんとうに無理矢理なんだから。
 この男達は、怪しいサイトの掲示板に、犠牲者を募集していた。一晩だけで、高額の報酬を手にするそうだ。お姉ちゃんのクローゼットにも、びっくりするような現金が隠してあった。その金は、いまはあたしの活動資金だ。
 無理矢理にでも金を渡せば、合意の上でのプレイということになる。罪は軽い。それぐらいの金はなんでもないくらい、おいしいパーティなのだろう。
 性奴隷志望でメールしてやった。ネットで手に入れた無料アカウントを使った。馬鹿だから採用基準を返信してきた。顔のアップと、全身の画像が必要だそうだ。
 お姉ちゃんの生前の画像に、木馬系のスパイウェアをしかけて添付し、返信してやった。
 馬鹿だから、震えあがって、仲間全員に回覧するだろうと思った。
 あたしのコードは、簡単に対策ソフトに検知されたりしない。
 六人が感染した。
 起動時にIPをメールしてくるようにプログラムしてある。
 あたしは、じっくりとこいつらのパソコンの中身を探った。
 はっきりとクロだと分かるのは、五人だった。
 必ずしもチンピラという訳じゃない。会社勤めをしている者もいたし、学生もいた。
 中でも、俵藤浩二という男は最悪だった。
 この男は、見た目がいいので被害者を『釣る』役目だ。画像では、さわやかな好青年、スーツがまだなじまない新入社員といった感じだ。女と一緒の画像ばかりだ。
 じっさいにはケダモノだ。お姉ちゃんに最後のメールをよこしたのも、この男だった。
 自殺者が二人。この男達のせいだ。
 連中のパソコンには、ぼかし処理する前の、画像や動画が保存してあった。証拠としていただいた。
 キーボードの操作を取得したら、今の犠牲者を脅すメール文書だった。L○NEかなにか知らないけれど、自殺したバカ女を笑う会話もあった。
 文書ファイルを調べたら、名前や住所も分かった。あたしが注意したのは、人違いで無実の人を攻撃しないようにすることだけだ。
 あたしは、集めた犯罪の履歴を、ていねいにファイルにしてから、男達のパソコンに仕込んだスパイウェアを削除して、撤収した。
 それから、家族のところへ『証拠』を送った。郵送とメールの両方を使った。
 勤務先と、学校に送った。
 マスコミに送って、最後に警察に届けた。
 ざまあみろだ。
 警察の捜査が入って、仲間割れが起きた。俵藤浩二とかいうにやけた男は、パニックになった仲間に刺されて死んだ。
 笑ってやった。
 お姉ちゃんのことはこれで終わりだったけれど、それから【犯人探し】が、あたしの日課になった。


『ねぇ、千夏。きみがしているのは、とても危ないことだよ』
 携帯画面の中で、黒い子猫が言った。
「分かってるよケットシー。でも、ほっとけない。この世はケダモノばっかりだ。どうなってんの?」
『悲しいけれど、それも人間世界の一部だよ。きみが責任を感じる必要はないんだ』
 ケットシーは、ネット上で無料配布されているおしゃべりソフトだ。
 画面に現れた黒い子猫が、おしゃべりの相手になってくれる。アルゴリズムは誰も知らないけれど、ほとんど人間と話すのと変わりないほど、自然な会話が可能だ。
 世界中で、びっくりするくらいたくさんの人が利用している、公開されてから、もう十五年にもなる定番ソフトだ。たいていの端末に対応している。
 あたしは、自分の部屋で、机の前に座り、調査の最中だった。
 この年頃の女子としては、何もない部屋だ。体にあう服は、使い込んでつるつるの制服と、部屋着しかない。
 パソコンのモニターは一つでは足りないので、お姉ちゃんのお金をつかって六モニター体制だ。お母さんは、あたしが株取引をしていると思っている。
 来ているスウェットはちょっと汗臭い。やばい、あたしの女子力は息絶える寸前だ。
「いま、調べてる奴らもひどいよ。すでに自殺者が三人。悪質なのは、きっちり追い込んで、必ず死なせること。お姉ちゃんを死なせた連中は、それでも、商品価値がなくなったら開放していたからね。暴力で口止めしてからだけど。でも、こいつらに比べたらまだ、ましだ。なにか知ってる?」
『さあ?』
「知ってるんでしょ?」
『言っただろ。ぼくは人間の世界には干渉しない。たとえそれが、どんなにひどい出来事でもだ。ぼくが出来るのはおしゃべりだけ。ぼくはきみたちと友達になりたいんであって、きみたちを家畜にしたい訳じゃないんだ』
「どうして、死なせないといけないのかな? 犯罪が明るみに出るという意味なら、回数を重ねた時点で、もう十分危険だよね? ばれたくなければ一回こっきりで殺さなきゃ」
『それも、趣味の一部なのかもね』
 黒猫は、あどけない顔で、どきっとするような事を言った。
「それ、自殺に追い込んでいるんじゃなくて、自殺を装ってるっていう意味? 快楽殺人ってこと?」
『ぼくじゃないよ。それはきみが言ったんだ』
 情報はもう、かなりいい線まで絞れていた。
 決定的に足をつかめないのは、この男達は口コミで会員を募集しているからだ。
 会員とは、掲示板や、メールでのやり取りもしない。
 わりと用心深い連中だった。
 痕跡が見え隠れするコミュニティの傾向からすると大学生、ここから半径三十キロ以内の人間、たぶん、なにかのスポーツサークルに属している。普通の家庭に良い息子として潜んでいるケダモノだ。
 快楽殺人は、あたしも思っても見なかった要素だ。
 検索条件にすれば、もっと劇的に絞れるかもしれない。
 でも、今日はここまでだ。あしたも学校がある。
『ねぇ千夏。きみ、この頃、鏡で自分の顔見たことある?』
 ケットシーが言った。もちろん鏡なんか見ない。見るのが怖いからだ。誰かが言っていたように、あたしは暗闇をのぞき過ぎたのだ。


 ワッフルはあたしにとっては凸凹がついただけのホットケーキだ。棒状になろうが、リング状になろうが、属性に変更はない。
 三十分も行列に並ばなければならない様な、必須栄養素ではないのだ。
 でも、あたしの顔を見上げる真樹ちゃんの笑顔を見ると、ま、いいかと、あきらめの気分になる。
 オフィス街の真ん中にあるお店だ。ビルディングの一階テナントに、小さな看板が誇らしげにかかげてある。雑誌に載るような話題の店なのだ。
 あまり車通りのない道の両脇には、ゆったりとした歩道がとられていて、大きな街路樹が植えてあった。
 行列は日差しをさけて、街路樹がつくる陰の中に長くのびている。
 真樹ちゃんはちっちゃいので、話す時は、男子平均並みの身長を持つあたしを見上げる感じになる。
「それ、いいよ。とっても可愛い」
 真樹ちゃんは、たぶん、あたしの髪型のことを言っている。一緒にいる真樹ちゃんに恥をかかせたらマズイと思って、昨日、一年ぶりに髪を切ったのだ。
「そ、そうかな、てれちゃうよ」
 真樹ちゃんは、ちゃんとあたしを見てくれている。
 真樹ちゃんはちっちゃいけれど、ちゃんと釣りあいのとれた体で、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。もしあたしが男だったら、ぐへへ、じゅるじゅる、て感じだ。
 でも、ふわふわするような物言いのせいで、あまり、生々しく女って感じはしない。そういうところが二次元っぽい。
 行列は少しずつ進んでいる。風があって、以前に比べたら過ごしやすくなっている。二週間前なら、あたしはもう倒れていたかもしれない。今でさえ、あまり屋外環境に耐性のないあたしは、ねとねとする汗をかいていた。
 そう言えば、街路樹の葉の色も、少しくすんでいた。たぶん、この樹は紅葉するのだ。
 真樹ちゃんは、あたしの腕に触れて、体を引っ張った。
 あたしは、後ろから自転車が来ていたことに、気づいていなかったのだ。
「千夏ちゃん、あぶないよ」
 真樹ちゃんとあたしは、一瞬、体をぴったりと密着させる感じになった。柔らかい感触に、あたしはどきっとした。香水かシャンプーか分からないけど、真樹ちゃんは、甘い匂いがした。
「おお、ありがと。真樹ちゃんて、見かけよりしっかりしてるよね。必要なことをちゃんと出来るというか……」
「いつも、天然だと思ってる?」
 ごめん、思ってた。
「わたし、これでも勉強もスポーツも出来るのよ。がんばってるの。ああ、やっぱりって言われたくないから」
「やっぱりって?」
 真樹ちゃんは、ちょっと暗い感じで横をむいた。
「なんでもないよ。むかし、ちょっと、いろいろあったの」
 行列は思ったよりはけたので。あたし達は、すぐに目的の名状しがたい食物を手に入れた。少し歩いて、街路樹の下に空いているベンチを見つけ、二人で座った。
 目の前を、同じ食べ物を持った女子学生が、五人、笑いながら通り過ぎて行った。
 真樹ちゃんは、自分の学校にも友達がいて、今の女の子達みたいに、みんなで楽しそうにしていても変じゃない。罰ゲームじゃないんだから、わざわざ、隣の学校の陰気な女子生徒と、つまらない会話をしないといけない理由なんて、どこにもないのだ。
「真樹ちゃんは、どうしてあたしに優しくしてくれるの?」
 ふだんなら、聞きにくいような事が、思わず口をついてしまった。
「わたしは優しくなんかないよ」
「どうして、一緒に遊んでくれるのかっていうこと」
「うーん……どうしてかな?」
「あたしが痴漢から助けたから?」
「それも、あるけど……たぶん、違う」
 真樹ちゃんは、すごく困った様子だった。聞かなければよかった。理由なんかないよ、とか言って、軽く流してくれた方がよかった。なんかみじめだ。
「なんか、ほっとけないからかな?」
 真樹ちゃんにとって、きっと、あたしは雨に濡れている捨てられた子猫みたいな存在だ。
「千夏ちゃんは、普通の人の目をしてないよ」
 真樹ちゃんの属性は【天然】なので、ときどき素で、ぎょっとするようなことを言う。
「ふ、ふつうってなに? あたし、別に火を吐いたりしないけど」
「千夏ちゃんの顔にはね、たすけて、って書いてあるよ」
 ほっとしてあたしは笑った。それは真樹ちゃんの思い過ごしだ。あたしは誰にも助けてもらう必要なんかない。不本意ではあるけれど、むしろあたしは助けている方だ。
「それはカン違いだよ、真樹ちゃん。あたし、べつに困ってないよ」
 真樹ちゃんは、納得しなかった。
 真樹ちゃんは立ち上がり、あたしの前髪をかき上げて、目を覗き込んだ。
「うお、ま、真樹ちゃん、な、なに?」
「でもね、千夏ちゃんは、わたしと同じ目をしているよ」
 真樹ちゃんは、そう言って、微笑んだ。
 

      続く

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