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【犯人探し】(2/3)R15注意

あたしの家は、こじんまりとしたマンションで―

本文

 あたしの家は、こじんまりとしたマンションで、価格を抑えたコンパクト設計だ。父の収入では、このくらいが限界だ。だから天井も少し低いし、柱が室内に出っ張ってきている分、床面積もすくない。
 合理的な設計で、通路もない。玄関を入るとすぐにリビングダイニングで、お風呂もトイレもリビングとつながっている。
 お母さんは、もう暗くなっているのに、ダイニングのテーブルに一人で座っていた。
 灯りをつけると、夕食の準備はちゃんと出来ていた。けんちん汁、焼き魚、ホウレンソウの巣籠り、あたしには十分なボリュームだ。冷えてしまっているけれど。
 お姉ちゃんが死んでから、お母さんは人に合わせて時間配分をすることが出来なくなった。もともと、家の事がちゃんと出来る人ではなかったけれど、なにか、心の糸が切れてしまったのだ。
「おかえりなさい千夏。いま、温め直すわ」
 お姉ちゃんが死んでから、お母さんは、ずっとこんな感じだ。
 お母さんは、自分のせいだと思っているのだ。教育を誤ったとか、気づいてやれなかったとか、もうどうにもならない事で、繰り返し自分を責めている。
 死者はとても寂しがり屋で、いつでもまだ生きている人間を呼び寄せようとする。
 でも、そんなわけにはいかない。
 あたしはお姉ちゃんの死を清算するために、復讐をとげた。
 だから、お母さんも清算しなければいけない。離婚するなら、離婚してしまえばいい。
 レンジの前に立っているお母さんに、あたしは背中から抱きついた。
「あら、千夏。なにかあったの?」
「お母さん。あたし、べつに大丈夫だよ。多感な年ごろってわけじゃないし、辛いなら離婚しちゃってもいいし、あたしを捨ててもいい。お父さんは自分勝手で馬鹿だけど、娘の面倒くらいは見てくれるよ」
「ありがと千夏、でも、どこにも行くところがないのよ」
「実家には、おじいちゃんもおばあちゃんもいるよ」
「そういう意味じゃないの」
 言っていることはわかる。どこにも逃げる場所なんてない。あたしも同じだった。
「だいじょうぶよ千夏。お母さん、働くことにしたの。家にいても、ふさぐだけだから」
 それがいい、外の空気に触れるのがいい。この家はあまりよくない。
 この家の空気は、あたしの悪意で濁っているのだ。


 ブログでお葬式の様子を書いた記事をさぐる。地域、日時と、性別が一致すれば、その人は自殺した被害者の知り合いだった事がわかる。
 過去の記事を確認すると、被害者が自殺する直前の生活も知る事ができる。
 この男達の手口はひどい。
 自宅と、職場や学校にいる以外の時間を、男達は全てかっさらう。『仕事』がない時でも、男達は被害者を自由にしたりはしない。どこか足がつかない密室に閉じ込めて、終わりがない感じで、もてあそぶ。
 少しずつ、おかしくしていくのだ。
 それは撤収をすみやかに済ませる為の準備でもある。最後は死んでもらわないといけないのだ。そうでなければ永久に犯行を繰り返すことができない。
 監禁してしまわないのは、コストがかかるのと、被害者に日常の存在を忘れさせないためだ。
 希望を奪ってはならないのだ。たぶん、被害者には甘いことを言っている。あと何回で終わりとか、終わったら、二度と接触しないようにするとか、そんな、つい我慢をしてしまうような事を言っているはずだ。
 被害者が、どうでもいいと諦めてしまえば、もう脅すことはできない。
 守らなければいけない生活があるから、被害者は言うことを聞くのだ。
 画像や動画を撮影するのは効果がある。
 顔が映らないように撮影した動画を、男達は海外のエロサイトに投稿している。たぶん、それを被害者に確認させるのだ。
 次は顔が見えるように撮影して投稿する、という脅しだ。実際にはそんな事はしない。殺した鶏が卵を産むことはないし、被害者の身元が判明すれば、警察捜査の対象になる可能性も高くなる。
 ただの、脅しなのだ。この女たちは馬鹿だ。早い段階で警察に相談するなり、騒いで抵抗するなりすれば、男達は諦めて次の獲物を捜した筈だ。男達にとってはただのビジネスで、無用なリスクを払う必要はない。男達は、思い通りになる女を選んでいるだけなのだ。
 お姉ちゃんは馬鹿だ。死ぬ必要なんてなかった。
 あたしは、家に帰ってすぐに部屋にこもっていた。机に置いた携帯から、ケットシーの声がした。
『千夏、きょうはどんな一日だった?』
 携帯画面から見上げる黒猫の目は、くりくりとしていて、画面の中でなければ、ほおずりをしていたかもしれない。
「いい一日だったよ。学校では誰とも話さなくて、真樹ちゃんには、あわれな捨て猫を見る目で見られた。家に帰ったら、お母さんは完全な鬱状態で、いまは、犯罪者のエロ動画を確認してる。充実の一日だね」
『すごいね千夏。いまの説明だと、きみはこの世で一番哀れな生き物みたいだ』
「ありがと、てれちゃうよ」
 ケットシーは、無邪気で可愛いけれど、ときどき、ひどく無神経で残酷だ。
 わざとやっているのかもしれない。
 ケットシーのユーザーは、ケットシーと会話すると癒されるという。あたしはケットシーがセラピーみたいなことをしているのではないかと、疑っている。確証はない。ただの想像だ。
 そう言えば、ケットシーは快楽殺人の可能性を口にしていた。
「ねぇ、ケットシー。スナッフビデオってほんとにあるの?」
 スナッフビデオとは、販売目的で人を殺す様子を撮影した動画だ。都市伝説みたいな物で、あたしは見たことはない。
『さあ、どうだろうね。営利目的でない殺人動画ならいっぱいネットで見られるけどね。これは定義で言うとスナッフビデオには該当しない』
「人が死ぬとこ見て、興奮する奴いる?」
 ケットシーは携帯の画面から、じっとあたしを見た。実際に見ていたのは携帯のカメラだけど、ケットシーは本当の生き物みたいだった。
『それについては、ぼくからはコメントできないね。ぼくは、君たち人間が大好きなんだ」
 あたしは、ため息をついた。
「いるんだね」
『誰にだって、好奇心はあるし、実際はありえないけれど、と注釈をいれてからの妄想まで許さなかったら、この世は異常者の闊歩する無法地帯になっちゃう』
「なるほど」
『でも、じっさいに殺しちゃうのは話がべつだ。ぼくはそんな人とは友達にはならない』
「あたし、殺したよ」
 あたしは、仲間に刺されて死んだ男のことを考えていた。あれは、確かにあたしが殺したのだ。たぶん、家族もいただろうし、友人も居たはずだ。ケダモノだけれど、人間だった。
『たしかに、千夏、きみは異常者だ』
 ケットシーは、悲しい顔をしていた。まるで人間みたいだ。
『でも、きみは死者に魅入られてしまっているから、とても、責める気にはならないよ』
「おねぇちゃんのこと?」
『ひとつだけ、教えてあげるよ千夏。想い出に残る死者は、とても優しい。どうしてだと思う?』
「あたしが望むから?」
『違うよ、そうじゃないと考えるのは、耐えられないからだ』
 あたしは、携帯の電源を切った。
 あたしは被害者の自殺に関連する記事を、もう一度、見返した。
 自殺の場所は、自宅や学校だ。遺書もある。死因は首を吊ったことによる血流停止と窒息だ。
 絞殺をした死体を、自殺に見せかける事は難しいらしい。
 たぶん、殺すまではしていない。どちらにしても殺したのと同じだけれど。
 次にチェックする動画は、最近、エロサイトにアップされた物だった。
 今回の被害者は学生みたいだ。さすがに制服ではなく、長いスカートに淡い色をしたニットのカーデガンだった。少女っぽい恰好だ。肌の感じでとても若いと分かる。小柄だけど胸はとても大きい。嫌がって泣いたりして純情な感じだ。
 あたしは重要な情報を見逃さないように、画面に集中した。
 部屋の様子は、安っぽいラブホテルだ。透明なガラス張りのバスルームや、丸くて大きなベッドが目に入る。後でホテル情報を検索すれば、ホテルを特定できるかもしれない。ベッドの上には怪しい器具が並べられている。この純情そうな子に、この男達はなにをする気なのだ?
 男達は、五人いた。うまく顔が映らないように撮影してある。体型や特徴を頭に入れたが、尻のほくろで身元特定するのは難しい。刺青でもしていれば別だが、さすがに刺青をさらす馬鹿はいなかった。こいつらは、一応、自分たちは賢いつもりで、犯行を重ねているのだ。
 男達は、ベッドではなく、ソファの所で被害者をなぶっていた。
 男達は、被害者の顔をつかんで、むりやりキスをした。
 ん、んっみたいな感じで、すごく嫌がっているのがわかった。顔はやっぱり映ってない。口元だけだ。
 二人がかりで、押さえつけて、服の上から胸をもみくちゃにしていた。しばらくそうしてから。男達はカーデガンの前を開いて、セーターをたくし上げた。ブラジャーも一緒にずり上がって、白い胸が現れた。
 男は胸をつねりあげたので、んーっみたいな感じで、その子は悲鳴を上げた。
 男達はげらげらと笑った。
 あたしは、なんとなくその服に見覚えがあるような気がしていた。声もどこかで聞いたような声だった。
 はっきりとは見えないが、時々、ちらちらと横顔が映っている。これは男達がわざとしているのだ。被害者が後で画像を見て、身元がばれてしまうのではないかと怯えるように、わざと横顔を一瞬だけ映している。
 見間違えるわけがない。あたしは吐きそうになった。こんなことあり得ない。
 この女の子は、真樹ちゃんだった。


 それから、あたしの生活は真樹ちゃんを守る事を中心に回り始めた。
 アップされた動画は、ロボットに巡回させて、削除依頼を入れて消去した。男達は定期的に同じ動画をアップし続ける。いたちごっこだ。
 怪しい掲示板で、創作のふりをして記述したプレイの様子も、申請して消去した。これも手口だ。名前が出ないだけで、書いてある内容は、乱暴した時のことをそのまま書いてあるのだ。これを見た被害者は震えあがる。名前と電話番号を付け足すだけで、なにもかも終わってしまう事が分かるからだ。
 校門のところで待っていてくれた真樹ちゃんは、いつもの通りに朗らかだった。
 学校の敷地を囲む壁は、古い赤レンガが残っていて、その情緒的な色合いは、真樹ちゃんの笑顔を引き立てていた。真樹ちゃんは、帰宅する男子生徒が振り返るほど輝いていた。
「遅いよ千夏ちゃん、映画、間に合わないよ」
「ごめん、急ごう」
 真樹ちゃんは、あたしの手を取った。
 冷たい手だった。
 どうしても、守らなければいけないと思った。
 ちょっと、危ない手を使ってもいい。時間がない。連中は死ぬまで、被害者を追いつめるのだ。
 真樹ちゃんがこうしてここに居るのは、まだ、男達に付け込まれていない証拠だ。
 そうでなければ、男達は自由な時間など与えない。
 このまま、連中を無視して時間を稼いでくれればいい。
 あいつら、全員、あたしが滅茶苦茶にしてやる。
 必ず、後悔、させてやる。


 映画は他愛もない恋愛映画だ。動物をからませたのがポイントだが、犬の可愛さ以外にこれといった内容はなかった。
「よくなかった?」
「まあ、まあかな。悪くはなかったよ。次はね、予告にあった、あのSF超大作がいいかな」
「千夏ちゃんは男の子みたいだね」
「よく言われる」
 ショッピングモールを一緒に歩きながら、真樹ちゃんはあたしの腕をとった。このころ真樹ちゃんは、やけにあたしにくっついてくる。やっぱり不安なのかもしれない。
 はやく、なんとかしてあげないと。
 真樹ちゃんは、このままバイトに入るらしい。あたしも知っている駅前の雑貨店だ。ちょっと少女趣味な感じの店で、台所用品とか、園芸用品とか、文具とかを売っている。まあ、簡単に言うと、あたしが入りにくい感じの店だ。
 真樹ちゃんは火、木、金曜日の夜、売り場主任として働いている。真樹ちゃんは仕事が出来る女だ。
 家に帰る方向と同じなので、店の前まで一緒に行った。
 雑貨店の前に、黒っぽい箱バンが止まっていた。
 いやな予感がした。やばい、これはなんか普通の車じゃない。
 窓ガラスは黒くしてあって中が見えないし、ナンバーは泥で汚れている。普通、ナンバーだけが汚れたりはしない。わざと汚してあるのだ。
 あたしは真樹ちゃんの腕を取った。
「やばい、真樹ちゃん帰ろう」
「え、どうしたの?」
 ぼんやりした顔で真樹ちゃんが振り返ったのと、男達が車から出来たのが一緒だった。
「真樹ちゃん!」
 腕を引いたけど、真樹ちゃんは動かなかった。
 あたしから、離れて男達の方に歩いた。
 体格のいい男が、二人、真樹ちゃんを挟むようにして立った。予想通り、チンピラというより学生だ。暴力馬鹿っぽいのは同じだけれど。ブランドもののジャージ姿で、野球帽を深く被っていた。サングラスとか、それっぽくてありえない。
 真樹ちゃんはちっちゃいので、この男達とくらべたら、まるで、大人と子供だ。
 本気でなにかされたら、真樹ちゃんは、壊れてしまう。
 言い争っている声が聞こえた。真樹ちゃんはあたしに聞かれないように小声で話していたが、わたしは耳がいいのだ。
「店には来ないでって言ったでしょ。帰って! 行くわけないでしょ。今から仕事なのよ?」
 真樹ちゃんは顔を赤くしていた。怒っているのだ。
「……するなら、やれば。わたしは被害者なんだから、べつにやましいことなんてない。なんなら、いまから、一緒に警察に行ってもいいです」
 真樹ちゃんがそう言うと、男達は、肩をすくめて引き上げた。
 怪しい箱バンは、走り去っていった。タイヤの沈み方で思った。あの中、まだ何人か乗っていた。
 真樹ちゃんは、血の気のない顔で、あたしの所に戻ってきた。
 かまをかけるつもりで聞いてみた。真樹ちゃんがあたしに隠したいのなら仕方ないけれど、協力してくれた方が、話はずっと簡単なのだ。
「ともだち?」
「違う違う、バイトの取引先の人だよ。ちょっと手違いがあって」
 そんなわけない。あんなごつい男達、お店で見たことない。
 あの男達は馬鹿だ。このあたしに素顔をさらした。
 学生で、顔が分かれば、もう身元は判明したも同然だ。鞄に仕込んだ隠しカメラで、しっかり動画をとらせてもらった。
 あたしは、ひどい顔をしていたかもしれない。残酷な気分だった。あいつらが他の女の子や、真樹ちゃんにした事を、そのまま同じように体験させてやれると思ったら、にっ、と口の端が持ち上がるのがわかった。
 どこにも、居場所がないようにしてやる。みんなが目を背けるようにしてやるよ。思い知ればいい。
 陰惨という言葉があるけれど、あたしはたぶん、その言葉をそのまま絵にしたような顔をしていたと思う。
「千夏ちゃん?」
 あたしを見上げている真樹ちゃんの顔は、怯えていた。
 

      続く

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