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【犯人探し】(3/3)R15注意

それから二日の間、あたしは部屋にこもって―

本文

 それから二日の間、あたしは部屋にこもって作業に没頭した。学校も休んだ。必要であれば、自分の足も使って調べないといけないからだ。
 大学の公式ホームページに、スポーツ選手として顔が出ていた。
 同級生のSNSを巡回すると、家族構成と学部がわかった。頭にくることに、この男は学校ではモテているのだ。同級生の一人に攻撃を仕掛けて、この男のメールアドレスを頂いた。不特定の何人か当たれば、なかにはセキュリィティ感覚の薄い人が必ずいる。
 メールの登録情報で、名前も、住所も携帯の番号も分かった。
 大学の事務局を装ったメールを打って、あたしが大学の公式ホームページそっくりに作った捕食用サイトに誘導してアクセスしてもらった。IPも、クッキー情報も抜かせてもらった。
 一人だけ正体がわかったら、あとは芋づる式に出てきた。
 お姉ちゃんを殺した連中に使ったのと同じ手口で、いくつかのアカウントやパスワード情報を頂いた。
 巡回ロボットを使い、そのアカウントで、思いつく限りのファイル共有サービスを試した。
 ファイル共有サービスの保管庫には、いずれ、商品になる予定の未加工動画があった。
 男達の顔が、ばっちり映っていた。
 あたしは証拠をかき集めた。どの動画にも必ず映っている顔ぶれは八人だ。
 この八人が、今回の標的だ。メールのやり取りもそれを裏付けていた。
 学校での評判は、裏でしている事とはずいぶん違う。
 成績もよく、スポーツをこなし、社交的で、裕福なケダモノだ。
 プライベート指定のパスワードが必要な動画を、同じアカウント名で、ロボットにさぐらせた。
 目線、ぼかしなしの画像が出てきた。
 そんな画像を自動保存していると、あるタイトルが出てきた。
 『絞殺プレイ』
  コメント欄にはこんな書き込みがある。
――真にせまってる。まじかと思った。
――俺はむり。白目、グロ、金返せ。
――ちょっと引いた。でも、興奮したかも。
――閲覧注意。料金分の価値はある。
 あたしは、内心、冗談だろ――と思いつつ、動画を確認した。
 男達は、その日は珍しくちゃんと服を着ていて、いつも以上にはしゃいでいた。人数が少ない。仲間うちだけでの遊びなのだ。
 その女の子は、服を着たままだったけど、ベッドの上に大の字に縛られていて、首にはわっかにしたロープがかけられていた。ベッドの端から落としたロープの先には、重りのかわりにペットボトルが二つ、結び付けられていた。
 女の子は、恐怖でおもらしをしているみたいだ。
 気を失ったら、男達はロープを緩めてから顔を叩いて、女の子を目覚めさせた。
 そのつまらない遊びを、男達は何回も繰り返していた。
 完全に、あたまがおかしい。こいつら、有料で殺人動画を公開している。
 あたしの思考は停止していたので、ずいぶん時間がたってしまっていたかもしれない。
 監視しているブログに動きがあったことを、巡回ロボットが伝えてきた。
 男達は、長く放置されて使われていないブログのコメント欄を、仲間同士の連絡に使っていた。
――巻嬢きょうもおつきあいムリ、イラつく
 巻嬢っていうのは、たぶん真樹ちゃんのことだ。
――まじ、しぶといよね。もう一回も二回も一緒なのにね。
――なんでこれないって?
――ピアノのおけいこワロタ
――めんどくさい保護しよう、このまま放置できないよ。
――よくきくおクスリもあるし、きっと更生してくれるお
――え、巻嬢ぐれてたの?もう処分だな
――その言葉は家畜にたいして使う
――なら、あってるWWW
 こいつらは、真樹ちゃんをさらって、クスリで言う事を聞かせる相談をしているのだ。
 ヤバいと思った。
 一度だけなら、たぶん耐えられる。
 真樹ちゃんは、いまの所、毅然とした態度で断り続けている。
 論理的には、それが正しい。というか、他に方法はない。
 弱い所を見せたら、骨までしゃぶられるのだ。
 でも、無理矢理さらわれたらやばい。なんどもそれを繰り返されたら、心が折れてしまう。お姉ちゃんもそうだった。
 クスリなんか使われたら、もう、精神力だけではどうにもならない。
――出てきたとこ、いただいちゃお。場所知ってるし。車まわすわ。
 あたしは真樹ちゃんに電話した。真樹ちゃんの携帯は、電源が切られていた。一応、メールは打っておいた。ちょっと焦って来た。こんなんじゃだめだ。ここに居たってなにもできない。
 あたしは、上着を取って部屋を出た。汗臭いスウェットだけど仕方ない。
 このままじゃ、真樹ちゃんが滅茶苦茶にされちゃう。


 あたしは自宅から下りて、マンションの自転車置き場に向かった。歩いたんじゃ間に合わない。自転車置き場は、ゴミ捨てスペースの横にある横長の屋根だった。
 くそ、鍵を忘れた。わたしは近くに落ちてたゴミ掃除用の鉄筋の切れ端を使って、鍵をねじ切った。
 ポケットの中で、ケットシーの声がした。
『なにかあったの、千夏』
「真樹ちゃんが、襲われちゃう。助けないと」
『やれやれ、とうとうこんなことになってしまった。ぼくは言ったよね、きみは危ないことをしているって』
「あたしは関係ないだろ!」
 お母さんのママチャリなので勝手がわからない。漕ぎ出しても少しふらふらした。場所は、自転車で二十分くらいの場所だ。なんとか間に合う。間に合うはずだ。
 日が暮れているので、空気はやや冷たい。
 コンビニや書店の灯りが、残像を引いて後ろに流れて行った。
 歩道を猛スピードで走るあたしを、通行人は迷惑そうに見ていた。
『ねぇ、千夏』
「なによ、うるさいわね!」
『たぶん、力になれると思う。携帯の電源を切っちゃ駄目だよ』
「意味わからない。だまってて!」
 ケットシーはただのおしゃべりソフトだ。こんな時に力になんかなれるはずがない。
 でも、あたしはある都市伝説を思い出していた。
 ほんの、ごくたまにの出来事ではあるけれど、ケットシーは、願いごとをかなえてくれる事があるらしい。
 夢のある話でいいと思う。
 じゃあ、真樹ちゃんを助けてよ。
 あたしは、腰が抜けているおばあさんを、なんとか避けた。この状況で人身事故はまずい。
 助けてくれたら、あいつらを見逃してやってもいい。


 着いたら、もう真樹ちゃんはピアノ教室から出てくるところだった。
 あたしは自転車を投げ捨てて、真樹ちゃんの前に走った。帰宅途中のおじさんが何人か振り返った。
 ピアノ教室は、学習塾とか税理士のオフィスとかと一緒に、ビルディングの中にある。黒とグレイに塗装された味気ないビルディングだ。
 あまり人通りは多くない。周囲はオフィス街で、日が暮れると急に寂しくなる通りだ。男達は、たぶん、それも計算に入れている。目撃者は少ない方がいい。
「千夏ちゃん、メールしたのに。見なかったの?」
「真樹ちゃん、中に戻ろう。ここは危ないよ」
 ぜぇぜぇと肩で息をしながら、あたしは言った。汗びっしょりだ。自分でも酸っぱい匂いがわかる。くそ、この発酵臭じゃ、真樹ちゃんに嫌われちゃう。
 あたしは真樹ちゃんをエントランスの方に引っ張り込んだ。ここならまだ、人がいる。
「いたいよ、そんなに引っ張ったら。どうしたのよ千夏ちゃん」
「今日は、裏口から帰ろう。あたし、一緒に帰るよ」
 真樹ちゃんは、髪をかき上げてあたしを見つめた。子供っぽいと思っていたけれど、そうやって柔らかい髪をかき上げて、あたしを見上げる真樹ちゃんは、びっくりするくらいなまめかしかった。
 きょうは、膝まであるクリーム色のセーター姿だ。薄手なので、体のラインが出ている。こんな格好をしているから、男に目をつけられるのだ。
「どうして? 裏口なんかイヤだよ」
「理由は言えないけど――」
「理由は、わたしが言ってあげようか千夏ちゃん」
 真樹ちゃんは笑っていなかった。見たことがない冷たい表情であたしを睨んでいて、それなのに、ぴったりと体を寄せて、くすくすと声だけで笑った。まるで、男にこびる女みたいだった。
 なんだ、これは。真樹ちゃんが、真樹ちゃんじゃない。
「わたしが乱暴されちゃうから、助けに来てくれたんでしょ?」
 頭が、真っ白になった。
 真樹ちゃんは、ひとまわり背が高いあたしの胸に、ぽふ、という感じで顔を埋めた。
「動画も見てくれたのよね。あたしが何人にされたか、数えてくれた?」
 真樹ちゃんは、あたしが動画を見ていることを知っていた。
「真樹ちゃん、どういうこと?」
「まだ、わからないの? 犯罪者を狩るのが趣味なんでしょ? がっかりさせないでよ。わたしの名前よ」
 俵藤真樹、これが真樹ちゃんの名前だ。それでわかった。あたしのお姉ちゃんを自殺に追い込んだ男、あのメールをよこした男の名前は、俵藤浩二といった。仲間に刺されて、ぶざまに死んだ男の名前だ。
 でも、真樹ちゃん。あの男はケダモノだった。
 真樹ちゃんの家族なわけがない。あたしは偶然だと思っていた。
「あなたには、そうではなかったかもしれないけど、わたしには優しい兄だったの」
 まだ、つじつまが合わない。あたしが真樹ちゃんと知り合ったのは偶然だ。そんなに都合よく偶然が起こる訳がない。
「でも、あたし真樹ちゃんを助けたよね」
「あの男は、知りあうきっかけを作るために、わたしが利用したの。手をとって触らせてやったら、舞い上がってすぐにつきまとうようになったわ」
 じゃあ、その時にはもう、真樹ちゃんはあたしが【犯人探し】をしていることを知っていたんだ。
「どうして、わかったの?」
「パソコンおたくに教えてあげるけど、知りたいことを知るのには、目と耳があれば十分なのよ。千夏ちゃん。兄の葬式でお焼香に来てくれたの、おぼえてる?」
 そう言えば、そんなことがあった。参列者の少ないお葬式だった。
 泣いている家族の中に、女の子もいたような気がする。あたしは勝利に酔っていたので、あまり覚えていない。
「千夏ちゃん、下をむいて笑ってたのよ。馬鹿でもなにがあったのかわかるわ。あとは友達だもの。携帯や、行動を見てれば、ちゃんとわかるよ」
 ちがう、これはあたしが知っている真樹ちゃんじゃない。なにか、べつの生き物だ。
「真樹ちゃん……どうして?」
 あたしは、真樹ちゃんが傷つかないように頑張った。
 真樹ちゃんを守らないといけないと思っていた。真樹ちゃんが友達だからだ。
 あたしは、友達だと思っていた。
「わたしは、今から、もっとひどい目にあわされるの。たくさん客の相手をさせられて、ぼろぼろになって、もう、誰も相手してくれなくなったら捨てられるね、きっと」
 たぶん、真樹ちゃんは、あたしを男達に売ることが出来たはずだ。あたしだって目を背けるような容姿という訳じゃない。自分ではそれなりに整った顔だと思っている。
 でも、きっとそれは出来なかったのだ。
 なんとなく、気持ちは分かる。
 それだと、自分まで汚れてしまうような感じになる。
 あくまで、加害者はあたしなんだ。
 でも、あたしなんかの為に、あんな危険な男達に身をまかせるのは間違いだ。
「だめだよ、真樹ちゃん……」
「あなたのせいよ」
 あたしのせいだ。あたしが余計なことをしたから、真樹ちゃんは傷ついてこんなことをしたんだ。あたしのせいで、真樹ちゃんは普通の暮らしを捨ててしまった。
「わたし、異常犯罪者の妹だから友達いないの。笑うでしょ。友達は一人だけで、それは復讐の相手なの」
 真樹ちゃんは、顔をあげて、泣いているような顔で笑った。
「ぜんぶあなたのせい。動画もまたアップするから、ちゃんと見てね。わたしがどんふうに痛くされて、どんふうに泣くのか――」
 それは無理だ。あたしには耐えられそうにない。
 真樹ちゃんはあたしから体をはなし、下を向いて目を合わさずに言った。
「―― 一生、後悔すればいいわ」
 真樹ちゃんは、呆然としているあたしを置いて、エントランスを出た。
「待ってよ真樹ちゃん! だめなの! それではすまないの!」
「なに? 話は終わりなんだけど」
「……死んじゃうよ。あいつら……最後は殺しちゃうんだ」
 真樹ちゃんは、鼻で笑った。
「馬鹿じゃないの? ここは日本なのよ。もっと、ましな嘘を考えたら?」
 表には、いつかの黒っぽい箱バンが待っていて、スライドドアを開けて、真樹ちゃんを待っていた。真樹ちゃんは女王様みたいに歩いて、車に乗った。
 車に乗りこんだ真樹ちゃんを、男達は殴った。傷がのこらないようにおなかを殴っていた。
――てめー、なんで言うこときかねぇんだよ!
 もう一度殴った。真樹ちゃんが息を詰まらせるのがわかった。
――お前が決めんのか? ああ! いつあそこに入れてもらうのか、おまえが決めんのか? 殺すかんな、おまえ。
 そんな、声が聞こえた。男達はあたしの存在には気づいていなかった。
 車はすぐに出ていって、もう、どこに行ったのか分からなかった。
 わたしと同じ目をしている、と真樹ちゃんが言った理由がわかった。真樹ちゃんはあたしと同じことをしようとしていたのだ。あたしよりも、もっと、難しいやり方で。
 あたしは、エントランスの脇に立ったまま、子供みたいに、ぼろぼろと泣いていた。
『千夏? 泣いているのかい?』
 ポケットから、ケットシーの声が届いた。
「どうしよう、ケットシー。真樹ちゃんが、真樹ちゃんがあんな奴らに……」
 携帯を取り出すと、ケットシーは難しい顔で、あたしを見た。
『聞いていたけど、最初から友達じゃないんだから、千夏には関係ないだろ』
 そんなわけにはいかない。真樹ちゃんはそう思っていなくても、あたしにとって真樹ちゃんは、たった一人の大切な友達だ。
『千夏がやっていたのは、こういう事だよ。傷つけて思い知らせるのが望みなんだろ? 自分に降りかかってきたからと言って、運命を呪う資格なんかないのは、分かっているよね』
 ケットシーの言う通りだ。あたしは覚悟ができていた筈だった。
 あたしは、子供みたいに、泣きながら言い訳をした。
「もうしない……あたしが間違ってた。他のことなんかどうでもよかった。真樹ちゃんより大事なものなんかないの!」
 ケットシーは、深いため息をついた。やれやれと首を振って、顔を上げた時には、もう、チェシャ猫みたいな悪戯な笑顔だった。
『それで、千夏はどうしたいの?』
「おねがいよ、真樹ちゃんを助けて……あたしが、身代りになってもいい」 
 ケットシーはひげをぴくぴくさせながら言った。
『それは、一生に一度だけのお願いかい?』


 男達の情報は、メールで警察にわたした。
 全員逮捕されたみたいだ。テレビですごく騒がれていた。なんとか犠牲者のプライバシーは保たれたみたいで、それについてはほっとした。
 それでもう、【犯人探し】は、やめにした。こんどのことでよく分かった。
 悪意は、悪意を生むだけだ。
 真樹ちゃんが働く店は、おしゃれな駅前の通りで、カフェやスイーツの店が並んだ一画にある。生態系としては、裕福そうなお嬢様系の生物が、優勢な地位を示していた。
 擦り切れた制服を着て、化粧もしていないあたしは、駆逐されたげっ歯類みたいな感じだ。
『ねぇ、千夏。店の前で一時間もうろうろしていたら完全な不審者だ。もう、いいかげん覚悟決めたら?』
 通学カバンの中で、ケットシーの声がした。あたしはカバンから携帯を取り出した。
「わ、わかってるよ。もうちょっとだけ待って」
 あれから、真樹ちゃんは電話に出てくれない。
 だから、あたしは真樹ちゃんが働く店までやって来たのだ。
「ねぇ、ケットシーちょっと聞きたいんだけど」
『なに? 君のことなら、まだ通報はされてないみたいだよ』
「いや、そうじゃなくて、あの時のあれ、あれ、どうやってやったの?」
『お願いのこと?』
 ケットシーは、面白くもなさそうに鼻をほじっていた。ケットシーは猫なのに、ちゃんと五本の指があるのだ。
「そうよ、あれ、普通じゃないよ」
『誰にも言っちゃダメだよ』と前置きして、ケットシーは画面に顔を寄せた。
「うん、なに?」あたしは秘密が知りたくて、うずうずしていた。
『ぼくはね、じつは魔法が使えるんだ』
 真面目に聞いたあたしが、馬鹿だった。


 あの時、願いはかなったけれど、別に劇的な事は起こらなかった。
 ただ、赤信号が青にならなかっただけだ。
 男達の車は、前に進めないので、あたしは自転車で追いつくことが出来た。
 街路樹が多いオフィス街の、ど真ん中だ。
 追いつくと、時間帯で車線を変更するためのロードブロックがせり出してきて、男達の黒いバンを持ち上げている所だった。ブロックは黄色と黒の縞々で、散髪屋さんの回転ネオンみたいな形をしている。車を持ち上げているから、たぶん金属製だ。本当は交通整理する警官が、誘導しながら手動で操作しないと動かない筈のブロックだった。
 車は前のめりになって、エンジンが唸っていたけれど、タイヤは空回りするだけだった。
 あたしは自転車を押したまま、車に近づいて、ドアをノックした。
 なかなか開けてくれないので、あたしは、
「警察に電話しましょうか?」
 と、中に聞こえるように言った。
 しぶしぶドアを開けた男達は、あたしをすごい顔で睨んでいた。視線だけで殺されそうだった。
 一人は、あたしをバンに引きずりこもうとした。
 考えている事はだいたいわかる。
 自転車ごとあたしを引きずりこみ、携帯を取り上げて時間稼ぎをする。その間に、三人ほど外へ出て、車を持ち上げてロードブロックから脱出する。
 合理的な思考だ。
 男があたしに手を伸ばそうとした瞬間、周囲のオフィスから、けたたましい警報が鳴り響いた。目覚ましのベルみたいな奴だ。一斉に鳴ると地鳴りみたいだった。
 通行人が、立ち止まってオフィスビルを見上げていた。
 手を引っ込めると警報はやむ。
 何度やっても同じだった。
 それで、だいたい理解してもらえたようだった。
 男達は計算高いので、すぐに逃げられない以上、この場で警察沙汰になるような事はしない。
 車内に首を突っ込んで捜すと、奥の方にヤラシイ格好に縛り上げられている真樹ちゃんがいた。こんな時でも、真樹ちゃんはすごく絵になる。縛られた様子は、映画のパンフレットみたいに綺麗だった。
「縄をほどいてあげて。真樹ちゃんは連れていくよ」
「なんなんだよ、おまえ……」
 男達は、気味が悪い物を見るように、あたしを見ていた。あたしはこの男達に比べたら全然まともなのに。そう思ったら、ちょっと傷ついた。


 男達は、そのまま放っておいた。ここで警察を呼んだってなんにもならない。お仕置きなら後でゆっくりできる。
 真樹ちゃんの手を引いて、あたしは人通りの多い方に走った。
 このまま、駅まで行って、電車に乗ろう。自転車は駐輪場に預ければいい。それがいちばん安全だ。
「痛いわね! 放してよ」
 駅まであと少しの所だった。ビルの一階はレストランやカフェになっていて、人通りも多い。ここまでくれば、もう大丈夫だ。
 真樹ちゃんはあたしの手を振り払って、視線をそらしたまま言った。
「助けたなんて、思わないでよ。わたしはあなたのこと、一生許さない」
 けっきょく最初から、友達だと思っていたのは、あたしだけだったのだ。
 これが、あたしの報いだ。あたしはひとりぼっちに戻った。人を傷つけた罰だ。
「ごめんね、真樹ちゃん。あたし、知らなかった」
「謝らないでよ……」
「ごめん」
「謝らないでよ……わたし、馬鹿みたいじゃない」


 そのまま、真樹ちゃんを家まで送って、それから、真樹ちゃんは電話に出てくれない。メールの返信もくれない。
 一週間ほどでたまらなくなって、あたしは、真樹ちゃんが働く店に来てしまった。土曜日の真樹ちゃんは昼番だ。昼間は主任じゃなくてトレーナーをやっている。真樹ちゃんの接客はレベルが高いのだ。
 店の中を捜しても、真樹ちゃんの姿はない。
 野暮ったい制服のままで店にいるあたしは、完全に浮いていた。ここに来る女の子は、みんな可愛くしているのだ。
 くすくすと、笑う声が聞こえた。三人くらいかたまった女子が、口元を押さえてあたしの方を見ていた。あたしは笑いものだ。
 【犯人探し】をやめて、あたしは自分が何者でもないことに気づいた。
 お母さんは、死んでしまった娘の事で頭がいっぱいだし、真樹ちゃんは、ほんとうは友達じゃなかった。あたしが犯罪者を血祭りに上げなくても、ちゃんと地球は回っているし、気がついたらあたしは、なにもしたい事がなかった。
 ここ数年、あたしは自分でも気づかずに、【犯人探し】だけに没頭していたのだ。
 けっきょく、いなくても、いい人間なんじゃないかと思う。
 真樹ちゃんの姿が見えないのも、たぶん、あたしを見て、店の奥に隠れたのだろう。
 きっと、あたしになんかには会いたくないんだ。
 涙がにじんできた。
 見苦しく泣いてしまわないように唇を噛んでいると、誰かがあたしの手を引っ張った。
 真樹ちゃんだった。
 真樹ちゃんは、手にいっぱい服を持っていて、あたしを試着室に押し込んだ。
「恥ずかしいから、その格好でこの店に来るのはやめてよね。顔から火が出るかと思った」
 真樹ちゃんは顔を赤くしていた。怒ってるみたいだ。
「素材が悪いんだから、ちょっとは努力しなさいってのよ。ほんとにでかいだけなんだから。これと、これに着替えて」
 あたしは、とりあえず真樹ちゃんの言う通りにした。真樹ちゃんの差し出す服を次々に着替えた。どうしてだか、どの服もあたしにぴったりだった。
「どう、少しは見られるようになった?」
 試着室の鏡には、知らない女の子が立っていた。あたし、けっこういけてるかもしれない。
「真樹ちゃん、でも、あたし……お金持ってないよ」
「お給料出たし、見苦しい恰好されても困るから、わたしが出しておくわ。感謝しなさい」
「真樹ちゃん……ありがとう」
「か、勘違いしないでよ。わたしはあなたの事は嫌いなんだからね。店で見苦しい恰好でいられると困るし、そ、そうよ、これは借りを返しただけよ」
 しばらく見ない間に、真樹ちゃんの属性は、【天然】から【ツンデレ】に変わっていた。
「こんど教えてあげるから、ちゃんと化粧してよ。じゃないと一緒に歩いたり出来ないからね」
 真樹ちゃんはそう言って、シュシュで髪を可愛らしく結んでくれた。
 

      終り

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