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私掠行為規範(2/3)

ほんの五人ほどしか乗れない小さな――

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 ほんの五人ほどしか乗れない小さな船だ。夜間の航行では、事故がないように小さな松明を灯す。あまり大きな火をおこすと、周囲の様子が分からなくなるのでかえって危ない。
 灯火は海賊の標的にもなるが、こんな貧乏船は確認した後、見送られるだけだ。
 グナワンは、綱を操作して帆を動かし、船の速度を少し落とした。
 乗客の船酔いが激しかったからだ。
 グナワンは十四で、海に出て六年になる。六年の間にはいろいろな事があって、乗客が海賊に身ぐるみを剥がされるのも見たし、なにやら揉め事で、グナワンの船で人が殺されるのも見た。男達は死体を海に流して、黙っていろと言った。グナワンを殺さなかったのは、露見しても大した騒ぎにはならない、と思ったからだろう。危ないところだった。
 だいたい、まっとうに暮らす人々は、あまり島を渡ったりはしないのだ。自分の生まれ育った村を出るのは、飢えたか、欲深いか、逃げるのか、それとも、ひとところに腰を落ち着ける事が出来ないのか、まあ、そういう人達だ。
 グナワンが、こうして島渡しをしているのも、困窮した村を助ける為だ。村で一緒に育った仲間、スロソがグナワンを手伝ってくれている。
 スロソは舳先で、監視をしてくれていた。珊瑚にでも乗り上げて転覆したら、夜の海では助からない。
 グナワンは星を見て、位置を確認した。まだ、先は長い。
 男は船べりにしがみつき、騒々しい音を立てていた。あまり空腹なのもよくないのだ。えづくだけで、胃の内容物を出している様子はなかった。
「おじさん、引き返すかい? 今ならその方が早いよ。お代はいただくけどね」
「いや、大丈夫だ、すぐに慣れ――」
 男は、最後まで言えなかった。
 身なりは良く、体つきもたくましいが、なんとなく貧相な印象を受けるのは、気の抜けたような、やや力の入らない声のせいだろう。
 こんな感じの男が、たまにいる。
 いざという時には、いつも役に立たない男が、村にもいた。
 本人は気力に満ち、力を尽くすつもりはあるのだが、神様の悪戯か、肝心な時には、腹を壊してしまう。あるいは足をひねったり、船酔いをしたり、犬に噛まれたりする。
 どうにも使えない男が、世の中にはいるのだ。
 たぶん、この男はそういう種類の人間だ。
 クナリとかいう名前だった。金の払い以外は、あまりあてにしない方がいい。
「きみはまだ若いのに、この船の主人なんだな」
 少し落ち着いてきたのか、クナリは息を整えつつ言った。そう言えば、いつの間にか海は凪いでいて、海面には星が映っていた。
「まあ、ね。父にもらったんだ。たいした船じゃないけど」
「お父さんは?」
「……死んだよ。田舎の漁師なのに、海賊の真似事なんかしたからだ」
「そうか、聞いて済まなかったな」
「べつに」
「たいへんだろう」
「ぼくは運がいいほうだよ。男だからね。村ではまだ大人にならない女も売られてゆくよ」
「……君の知っている人か?」
「関係ないだろ」
 馴れ馴れしい男だ。船に酔って、黙っていてくれた方が良かった。
「あんな村に、なにをしに行くのさ」
 男の目的地は、グナワンが育った村だった。そんな辺鄙な島に行く船はない。クナリという男は、港中をたらいまわしにされて、グナワンのところにやって来た。
「人探しかな」
「へぇ、最近多いね」
「多い?」
「今も村にはそういうのが、何人かいるよ。女を捜しているんだって」
 それを聞くと、クナリは、なにか考えている風で、返事をしなくなった。
 その方が助かるので、グナワンは操船に集中した。
 舳先のスロソが、グナワンの方を見ていた。
 目で、どうするのだ? と聞いていた。
 黙ってグナワンは首を振った。
 それで通じたのだろう。スロソは舳先の監視に戻った。
 疲れていびきをかいている、クナリとかいうこの男は、殺さなければいけないほどの悪人には見えなかった。


 少し眠って、目を覚ますと、船酔いはおさまっていた。
 陽がのぼる直前で、海は薄桃色とも紫ともつかぬ色に染まり、島々は海に映って、空に浮かんでいるようだった。風は少し肌に冷たい。
 スロソとかいう無口な長身の少年は、疲れを知らぬように、舳先で監視を続けていた。
 クナリは体を起こして首を回した。船の底は硬いので、体のあちこちが痛んだ。
「起きたのかい?」
 グナワンとかいう少年が言った。一晩中船を操っていたのに、それほど疲れた様子はない。
「もう、着く。着いたら宿に案内するよ。宿と言っても、空いた部屋を借りるだけだけどね。あんたは金持ちみたいだから歓迎されるよ」
「うん、頼むよ」
「……おじさん氏族なんだろ」
「もと、氏族だけどな。どうして聞くんだい?」
「剣は使えるの?」
「使えなくはないな、拳と棒の方が得意だが」
「それでいい。教えてくれたら、帰りの渡しは、ただにしてやるよ」
「闘いの術など、つまらない技だ。教わってどうするんだ? 半端な兵法など身を滅ぼすだけだぞ」
「この村じゃね、貧しいというだけで売られていく子供がいる。年老いた老人は、口減らしで山に捨てられる。魚だけじゃ食べていけないんだよ」
 グナワンという少年の目の奥には、固い決意を現す強い光が揺らいでいた。
 空っぽのクナリには、理解できない感情だった。少年には背負う物と、守る相手がいて、強い思いもある。少年には中身があるのだ。
 うらやましいような気もする。だが、暴力に頼るのは間違いだ。
「父親を亡くしたのだろう……妙な考えを起こすな」
「これをずっと繰り返せばいいのかい」
 世界は、誰にとっても残酷に出来ている。その一点においては、神様は公平だ。裕福な者でも、貧しい者でも同じなのだ。だが、それをこの少年に、どのように説明すればいいのだろう。
「教えてくれないから諦める、という訳じゃないんだよ」
 頭のいい少年だった。クナリの心を動かすには十分だった。
 手助けをしようが、するまいが、少年は自分のなすべきことをするのだ。
 なにが起こっても、べつにあんたのせいじゃない。
 少年は遠まわしに、そう言ったのだ。
「長く逗留するわけじゃない。ほんのさわりしか教えてやれないが、いいのか?」
「それでいい……あんた、優しいんだね。知らなかったけど、氏族というのはみんなそうなのかい?」
「おれは氏族じゃない商人だ。優しいわけでもない、ただ、流されやすいだけだ」


 部屋には、鶏が歩いていた。闘いを挑んでくるので目を合わせるなと、グナワンに注意された。
 家の壁は竹を編んだ薄いもので、ただ、外との間を隔てるだけの物だ。
 クナリが与えられたのは、部屋というより土間といった感じの、ベッドしかない空間だった。
「ぼくの家だから、遠慮しなくていいよ」
 農作業の途中なのだろう。庭の方で、頭にこぶりな傘を乗せた女性が、クナリに頭を下げた。
「出かけるときは母に言ってからにして、食事の準備があるからね」
 グナワンは、クナリの荷物を寝床の上に置いた。
 出かける、といっても右も左も分からない見知らぬ村なのだ。案内もないのに、あまり、うろうろはできない。
「ぼくは仕事があるから行くよ」
 夜通しの航海をしたばかりなのに、もう、次の仕事に出かけると言う、まだ若く体力があるとはいえ、長く続けられるようなことではない。
 クナリは、グナワンの母と二人で家に残された。
グナワンの母は、庭から家に戻って、座るように勧めてくれた。どこに座るのかと眺めると、壁際に流木で作った小さな椅子とテーブルがあった。
「お口に会いますかどうか」
 グナワンの母は、香草で茶を入れてくれた。
 疲れた感じが、母親を実際よりも年老いて見せていた。グナワンの年を考えても、実際には見かけほどの年ではない筈だ。
「よいお子さんですね」
 クナリが言うと、母親は誇らしげに微笑んだ。
「まっすぐに育ってくれました。こちらへはどのような用でしょうか?」
「実は人を捜していまして、十二才の少女なのですが――」
 母親のわずかに怯えた表情を、クナリは見逃さなかった。この女性はなにかを知っている。
「名前はクスハというそうです。なにかご存知ありませんか?」
「いいえ、その子がどうかしたのですか?」
「海賊にさらわれたのです。朧鬼とかいう海賊団がこの辺りに出没しているとか」
「知っています」
 グナワンの母親は、朧鬼の名前に、顔を曇らせた。
「たとえ生活に困っても、武器を持って人を襲うなど、許されることではありません」
 母親の顔は、険しかった。
「もし、人を脅して手に入れたお金であれば、わたしはそんなお金を受け取るつもりはありませんし、そんなことをする者を許しはしません」
 母親は、真っ直ぐにクナリの目を見た。夫を亡くし、苦労をして一人で子供を育てたのだ。海賊行為を憎むのも、もっともな話ではある。
「この村に居るのかと聞かれれば、たぶん、そうでしょう。でも、誰がそうなのか、わたしは知りません」
 母親がいれてくれた茶は、すっと温度が下がるような清涼感があった。美味しいお茶だった。旅で疲れた体が、生き返るようだ。
 母親は、頭にかぶっていた布を、破れるほどに握りしめて言った。
「知っていれば、とうに突き出しています」


 村の中心には、小さな小屋のような井戸と、鶏の糞があるだけだった。
 先程、母親の野良仕事を手伝ったので、少し背中が痛む。ただ、土を掘り野菜の苗を植えるだけの事が、これほどの重労働とは知らなかった。
 クナリは井戸の水を引き上げ、手と顔を洗った。水が貴重な物だといけないので、一杯だけを、大事に使った。
 井戸の傍で、鼻を垂らした小さな男の子が、珍しそうにクナリを見ていた。
 目が合うと、馬鹿にしたように笑った。
 やれやれ、とクナリは天を仰いでため息をついた。
 やはり、来るのではなかった。
 この村は、知れば知るほど、悲しいばかりではないか……。
 山手の方から、明らかにこの村の生まれとは違う、身なりの良い男達が歩いてきた。
 三人の男達は、剣を帯びていた。身なりの良さとは裏腹に、粗野な歩き方や、乱暴な声は、男達の正体を現してしまっている。
 あれは傭兵だ。
 クスハの保護者を名乗る中年の女が、人をやったと言っていたのを思い出した。
 あの、義理の両親とやらは、娘を捜すのに、物騒な連中を寄越したわけだ。
 男達は、村には娘がいないと知り、山の中を捜していたのだろう、しきりに疲れたと不満を述べている。
「無駄なことだ。山狩りなどはやめて、村人を監視するべきだ。奴隷といえど飯を食わぬという訳にはいかん。誰かが世話をしているのは間違いないのだからな」
「三人だけだぞ! どうやって村人全員を監視するんだ!」
「いっそ、村人をつかまえて、少し痛めつけたほうが良いのではないか?」
「刃物馬鹿は黙っておれ、村人の槍に囲まれて、今と同じことを言えば褒めてやる」
 どうやら、捜索はうまくいっていないらしい。
 男達は、クナリを無視して海岸の方に消えた。
 先程の、鼻を垂らしていた男の子が、怯えているのが分かった。
「心配ない。あの手の連中は訳もないのに人を傷つけたりはしない」
 頭を撫でてやると、子供は笑ってクナリを見上げた。
「あいつら、クスハさがしてるんだ。むだだよ」
 なに? いまクスハと言ったのか?
「クスハは、みんなでかくしてるんだ。みつかりっこない」
「まてまて、クスハって誰だ? 教えてくれ」
「クスハは女の子だよ。あにぃはクスハが好きなんだ」
「クスハはこの村の出身なのか?」
「そうだよ。クスハはやさしいんだ」
 話が少し、食い違っている。賊にさらわれたと聞いたが、その賊は、少女の出まれた村の者ではないか。クナリは混乱して足元を見つめた。
 おれはいったい、誰に騙されているのだ?
 なんとなく、答えは分かっていた。
 ま、いい。俺はいつも、あの人の手のひらで踊らされているだけだ。
 だが、それでいいのだ。


 なんど挑んでも同じことだった。とぼけた顔のこの男に、グナワンは指一本触れる事が出来なかった。
「降参かい? 今日はこれくらいにしておくか」
「駄目だ! まだだよ。まだやれる」
 珊瑚の死骸が集まった砂浜は、骨のように白く眩しい。グナワンとクナリは、目の下に墨をぬって、足元から反射する陽光をしのいだ。
 最初に教えてくれたのは、いくつかの足運びだった。
――これだけ?
 ときいたグナワンに、クナリは言った。
――究極には、これで全部だ。あとは応用だよ。頭の使い方だ。
 クナリに親指をとられ、振り回されると、ぐるん、と水平線が回った。
 必ず体から落ちるのは、クナリが加減しているからだろう。
 頭から落ちれば、砂浜といえども首が折れている。
 クナリは波のきらめきまでも利用している。気がつけば、グナワンはいつも海か太陽に向かわされていた。眩しさに目を細めている間に、砂浜の転がされているのだ。
「まずは、見ないと駄目だ。なにが起こってるのか分からないんじゃ、上達のしようがない。逆に言えば、なにが起こっているのか分かっていれば、術なんか必要ないんだけどね」
 クナリは、でくの坊のように、ただ立っているだけなのだ。
 どうしても膝ぐらいは着かせみせないと、グナワンの気が済まなかった。
 つかみかかろうとすると、目の前で、ふ、とクナリの体が下がった。
 今度は、流れていく白い雲が、くるり、と回るのが見えた。


 グナワンは仰向けに横たわって空気をむさぼっていた。
 まだ怪我をしていないのは、筋がいいのだと言っていいだろう。
 正直、クナリは驚いていた。
 まだ体が出来ていないのに、ここまで喰らいついて来るのは、よほどに心の強い者か、追いつめられた異常者かの、どちらかだ。
 異常者には見えないので、グナワンはある種の得がたい才能を持って、この世に生まれたに違いない。
 だが、今夜は関節が痛んで眠れないだろう。
 クナリは、そんなことを考えながら、砂をいじっていたが、固まらないので城を作るのは無理のようだ。
「グナワン、おまえは朧鬼って、知っているのか?」
 グナワンは、なんとか息を整えながら返事した。
「この村の人間なら、誰でも知っているよ。英雄だからね」
「どこに行けば会えるかな」
「おじさん、頭悪いね。よそ者に教えるわけないだろ」
「そうか、クスハのことなんだが。話はできないか」
「……おじさん、クスハって誰?」
「いいんだ、忘れてくれ。おまえが知っている訳ないよなぁ」
「いや……」
「他の誰かに聞こう。居場所を知っている者もいるかも知れないからな」
 グナワンは、砂浜に起き上がり、怒った顔で言った。
「おじさんは、クスハをどうするつもりなのさ」
「やっぱり、知っていたな。さあ、どうした方がいいのかな。実はクスハをどうしろとは言われていない。ただ、クスハをさらった者を、捕まえて来いと言われているだけだ」
「クスハを連れていかない?」
「それは、本人次第だが……」
「クスハがいかないと言えば、連れて行かないんだね」
「まあ、理由はないな」
 グナワンは悩んでいるようだった。クナリを信用してよいのかどうか、思案しているのだ。
「クスハは病気の母親がいて、ずっと看病していたんだ。なのに母親が死ぬと、あのろくでなしの父親は、酒代の為にクスハを……」
「売ったのか?」
 グナワンは唇を噛んで、うなずいた。
 ではあの貿易商の言う事は嘘になる、養子にしたのは本当だろう。だが、それは合法的に人身売買をする為の嘘だ。クスハは遠い異国で、見知らぬ誰かと、また養子縁組を結ばされる筈だったのだろう、今度は商品ではなく、所有物として。
「なるほど、事情は分かった。だが、本人の意思は確認しなければならない。それに誘拐の犯人もそのまま、という訳にはいかない」
「犯人はたぶん、覚悟は出来ていると思うよ」
 クナリはグナワンの顔を見た。グナワンは、年にそぐわない大人びた顔をしていた。


 洞窟は、村の外れの切り立った断崖にある。
 波に浸食されて出来た洞窟なので、穴はあちこちに空いている。陽の光も差すし、風も通ってゆく。外よりは涼しいので、快適でもあった。
 けれど、人が通れる穴は一つしかなく、その穴は干潮の時でも、海面の下にあるのだ。
 クスハは雨があたらない奥まったところで、ぽつりと寝床に座っている。寝床は、棒切れをグナワン達が持ち込んで、蔓でくくって作った簡単な物だ。
 一人でなにもせずに過ごす一日は長い。クスハは村の仲間が訪れるのを心待ちにしていた。
 誰かが、洞窟をくぐり、海水から上がる音が聞こえた。
 クスハの胸は、知らずに華やいだ。
 現れたのはグナワンだった。怒った顔のようなグナワンは、素っ気なくバナナの葉で包んだ食事を渡し、海水で濡れた上服を脱ぎ捨てた。
 現れたたくましい上半身を目にして、クスハは顔を赤くして目をそらした。
「もう、子供じゃないんだから。少しは気にしてよね」
「ん、ああ、ごめん。あっちむいてて」
 どうして不機嫌なのか、それがクスハには気がかりだった。村で誰か傷つけられたのだろうか? それはもしかして、あたしのせいなのだろうか? 村には怪しい男達がやって来ていると聞いている。
「なにかあったの?」
「クスハを捜している人がいる。その人はクスハをさらった犯人を連れて帰らないといけないんだって」
「駄目よ……あたし戻る。みんなに迷惑がかかっちゃう」
「大丈夫だよ。その人はいい人だ。そんなに酷いことにはならないよ」
 クスハは不安にとらわれて、寝床を下りた。手を取ると、グナワンは怒ったような顔のままで、横を向いた。
「駄目、そんなの駄目。あたしが戻る。誰も連れて行かせたりしない」
「クスハ、怒ろうか?」
「怒っても駄目。大丈夫よ、あたし我慢できる。それに、たぶん、今よりいい暮らしは出来るのよ。ちょっと、我慢すればいいだけ」
「ぼくが……我慢できない。駄目だよクスハ、そんなの無理だ」
「……」
「もう、二度と会えないかもしれない」
 一緒に大きくなったので、少し前までは、別に異性として意識した事はなかった。
 変わったのは、一年前の事だ。
 母が死んですぐに、父はクスハを襲おうとした。
 いろんな意味で信じられない思いだった。
 クスハはまだ、子供だったし、母親が死んで一月もたっていなかった。
 父にとってクスハは血のつながった娘だし、なにより恐かったのは、もう少しで許してしまいそうだったことだ。
 小さな子供は、優しいという理由で、クスハを慕ってくれる。
 でも、百人の全てに、同じように優しい人間がいたとしたら、その人間は、誰よりも残酷な存在に違いない。
 クスハに拒絶されてから、父は酒に溺れて、働かなくなった。
――あたしのせいだ。あたしが父さんをあんなにしてしまった。
 呆然と砂浜に座っているクスハを、グナワンが見つけてくれた。
 グナワンは、なにも言わず朝まで一緒に居てくれた。
 それから、クスハは、グナワンの前で、うまく笑えなくなった。
 あの夜に何があったのか説明したいのだが、それは出来なくて、泣いてしまいそうになるのだ。
 クスハは、顔を背けるグナワンの前に回った。
「な、なに、クスハ」
「グナワンはあたしを守ってくれるの?」
「当たり前じゃないか。どうしてそんなこと聞くんだよ」
「あたしだから? それとも誰にでもそうなの?」
「誰にでも優しくするわけじゃない……ぼくはそんなんじゃないよ」
 クスハは、グナワンの顔を両手で挟み、自分の方に向けた。
 口づけし、体に手を回すと、びっくりしたグナワンは棒切れのようになっていた。
 しばらくそうしていると、やがてグナワンは荒々しくクスハの体をまさぐった。
 もう、これで十分だ。この想い出で、あたしは我慢する事ができる。
 誰もあたしのせいで、傷つくようなことにはさせない。
――おまえのせいだ。わたしの事は放っておいてくれればよかったんだ。
 慟哭するような父の声が、クスハの脳裏に蘇った。

      続く

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