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【箱庭のマリア】R18注意!(2/4)

サキちゃんの子供部屋はおかしな感じだ―

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 サキちゃんの子供部屋はおかしな感じだ。手の届かない天井近くに横長の窓があって、床の足元に、やっぱり横長の窓がある。明りは十分だけど、なんだか息がつまるのは外の光景が見えないからだ。
 壁際にはぬいぐるみやおままごとの道具が積み上げてあって、おもちゃ達は、まるでこの部屋に住んでいるように見える。箱に片付けたりする習慣は、この家にはないみたいだった。
 おもちゃに囲まれた板張りの部屋の真ん中に、サキちゃんはぺたんとお尻をつけて座っている。
 座布団も絨毯もない。
 サキちゃんたちの暮らしはシンプルだった。
「たくさん召しあがれ」
 と、サキちゃんはすました顔で言った。
 おままごと遊びはぼくには退屈だったけれど、断ったらサキちゃんが泣いてしまうような気がして、ぼくは我慢して座っている。
「のこしてはダメよ」
「サキちゃん。ぼくは子供なの? 旦那さんなの?」
「こうくんはお父さんなの、赤ちゃんははまだなのよ」
「ああ、そういうこと」
 と言いながらも、ぼくはさやかさんのいる方を窺ってしまう。
「こうくんのばか」
 サキちゃんは唇を噛んだ。
「わたしはこっち」
 サキちゃんは、体を伸ばして、ぼくの顔を覗き込んだ。
「おかあさんより、わたしのほうがいろいろしてあげるよ」
「いろいろってなに?」
「こうくんは見たことがある?」
 サキちゃんは立ち上がって、スカートを指でつまんだ。
「ちょ、ちょっと……サキちゃん?」
 サキちゃんはすこし顔を赤くしていたけれど、顔は真剣そのもので、ちょっと切羽詰った感じだった。
「みたい?」
 ちょっと持ち上げたスカートの下に、水色の下着が見えた。
「……」
 サキちゃんは勝ち誇ったように、にっと笑って見せた。
「こうくん、顔が赤くなったよ」
 こんこんっとノックの音がした。サキちゃんはスカートから手を放し、すました顔で壁にもたれた。
「どうしたの?」
 おぼんにお菓子とジュースをのせたさやかさんが、不思議そうに小首をかしげた。
「かまわないでっていったのに」
 サキちゃんは、さやかさんから不機嫌におぼんを取り上げて、背中を押した。
「はいはい、もう邪魔しないわ」
 さやかさんを追い出したサキちゃんは、ドアの前で器用に下着だけを脱いだ。足をあげて抜き取り、床に落とす。
「いいよ、見ても」
「サキちゃん……だめだよ」
「どうして? いいよ、こうくんなら」
「でも、ぼくはさやかさんが――」
 サキちゃんは駆け寄って、ぼくに体当たりした。腰のあたりにくっついてきたサキちゃんは小さくても女の子で、なんだかいい匂いがした。
「おかあさんなんか!」
 サキちゃんはぼくの手をとって、スカートの下に導きいれた。柔らかな部分は少し湿っていて、指を動かすとぬるぅとまとわりついてくる感じがあった。
「おかあさんが、こんなことしてくれる?」
 頭がぼうっとして、顔が熱かった。サキちゃんはぼくの胸に顔を押し付けたまま、はぁぁと熱い息を吐いた。
「したいこと、していいよ。こうくんの好きにしていい」
 うしろめたい感じがあった。いろんな意味でさやかさんを裏切っているような気がした。
 壁際にすわったテディベアがぼくを睨んでいた。
 サキちゃんは腰を動かして、ぼくの指をはさみ込んだ。顔をあげたサキちゃんの目はうるんでいた。


 さよならをして、また、こんにちわをする。
 さやかさんにのぼせて、サキちゃんに溺れる。
 なんど繰り返しても、どこへいけるわけでもない。さやかさんはただならないサキちゃんの様子に気づいたようで、なにかと理由をつけて子供部屋にやってくることが多くなった。
「リビングで遊んだら? 飲み物を作ってあげるわ」
「わたしたちは子供のあそびをしているのよ、おかあさん」
 さやかさんは寂しげに、壁を見つめた。
「そうね、おかあさん、お邪魔虫ね」
 部屋をでてゆくさやかさんを、ぼくは見送った。
「……サキちゃん、おかあさん、かわいそうだよ」
 サキちゃんは、怖い顔で言った。
「こうくんは、どっちがすきなの?」
 ぼくは、返事が出来なかった。
「どうしておへんじしてくれないの?」
「……」
「おかあさんがすきなのね」
「サキちゃん、こんなのへんだよ」
「おかあさんがいなくなったら、わたしを好きになってくれる?」
「……サキちゃん、なに言ってるんだよ」
「わたし知ってるの。ほんとは、おかあさん悪い人なんだよ。男の人をだましたお金で、わたしにごはんを食べさせてくれるの。『けっこんさぎ』っていうの」
 キッチンからさやかさんの鼻歌が聞こえた。なにかお菓子を作っているのだ。たぶん、サキちゃんが喜ぶところを想像しながら。
 サキちゃんの頬に、ひとすじ涙が流れた。
「おかあさんなんかいなくていいよ」
「サキちゃん!」
 サキちゃんは顔を隠して座り込んでしまった。
 泣いているサキちゃんの背中を、ぼくは撫でた。サキちゃんはあんなことを言ったけど本気じゃない。さやかさんはサキちゃんが大好きで、サキちゃんはさやかさんが大好きで、それがぼくの信じているとても優しい箱庭の生活なのだ。
 どこへもいけなくていい、変わらなくていい。
 三人だけでいい。嘘でもいい。
 さやかさんとサキちゃんが笑っていてくれれば、世界中が敵でも、べつにぼくは構わないのだ。
 家で儀礼的な質問を繰り返す父よりも、自分がどんなに切れる女かをぼくに説明したがる母よりも、箱庭はなによりも大事な、ぼくの現実になっていた。

      続く

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