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【箱庭のマリア】R18注意!(3/4)

日曜日の朝は、とくべつ優しい空気が満ちている―

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 日曜日の朝は、とくべつ優しい空気が満ちているような気がする。眠りながら朝食を準備する音が聞こえるような、誰かがシーツを肩にかけてくれるような、そういう満ち足りた空気だ。
 思えば母も、昔は仕事人間ではなかった。
 優しい朝をむかえた時もあったのかもしれない。そういう記憶の断片が、ぼくにこんな、甘いような苦しいような感情を引き起こすのだろうか?
 さやかさんの家は、そんな幼い頃のせつない空気を、今も残していた。
「こうくん、はやいのね。あさごはんは食べた?」
「冷蔵庫におにぎりがあったから」
「……わたしたちもご飯はまだなの、一緒に食べようか、こうくん」
 さやかさんは、ぼくのためにキッチンの椅子を引いてくれた。
 キッチンは窓が大きく採られていて、外付けのシェードの隙間から朝の光が差し込んでいた。
 眩しいような光に包まれながら、さやかさんはオムレツやサラダを手早く作り、テーブルの上に並べた。ぼくには朝の団欒なんて映画でしか見たことのない光景だ。料理の現われる様子は魔法のようだし、可愛いエプロンをつけたさやかさんは、妖精みたいだ。
 不機嫌な顔で起きてきたサキちゃんは、ぼくを見ても、おはようと短く言っただけだった。朝は苦手みたいだった。
 トーストには本物のマーガリンと、すこしくせのある本物の蜂蜜が塗られていた。
 口に含むと芳醇な香りが広がる、冷えたおにぎりなんて、これに比べたら残飯と同じだ。
 トーストを口に運ぶぼくたちをさやかさんは楽しげに眺めていた。
 その時、玄関のドアがノックされた。
 さやかさんは眉をひそめた。
「こんな時間にだれかしら?」
 さやかさんは立ち上がって玄関に向った。
「いいから食べてて、セールスかなにかかもね」
 トーストの耳を食べて、中身の柔らかいところだけになった時、玄関のほうで大きな物音がした。
「どうしたんだろう?」
 ぼくはサキちゃんの方を窺ったけれど、サキちゃんは気にせずに食パンを食べていた。
「サキちゃん?」
「……知らない」
 様子がおかしいサキちゃんをおいて玄関に向うと、玄関土間のところには知らないおじさんが立っていて、さやかさんの髪の毛をつかみ、腕をねじり上げていた。さやかさんは息がつまって声もだせないみたいだった。
「君のおかげでね、最後は従業員の給料も出せなかったよ」
 男の人は、くたびれたスーツを着ていて、おなかがタヌキみたいに出ていた。頭は薄くなっていて、いかにも中年といった顔立ちなのに、目だけがつぶらなのがなんだかおかしかった。
「裏切ったような気分だった。わたしが君を信じていたように、従業員もわたしを信じていたからね」
「言い訳を……するつもりはありません。ごめんなさい」
 さやかさんは痛みに耐えながら切れ切れに言った。
「気が済むようにしてください」
 その時、男の人はぼくに気がついた。
「だれの子だ?」
 男の人の目が、動物のように吊り上るのがわかった。
「サキの友達です」
「ふん、母親が母親なら、娘も娘だな」
 さやかさんは、腕をねじりあげられたまま微笑んだ。
「こうくん。さやかと子供部屋にいってて。わたしはこのおじさんとお話があるの」
「だまれ」
 男の人は髪の毛を引っ張った。さやかさんは足をもつれさせて廊下に倒れた。そのまま男の人はさやかさんの髪をつかんで、リビングのほうへ引きずっていった。
「こうくん、お願いだから、サキとあっちにいってて」
 サキちゃんは、まるで目の前の光景が目に入らないかのようにトーストをかじっていた。
「……サキちゃん?」
「しらない」
 サキちゃんはぴょんっと椅子からおりて子供部屋に歩いた。
 男の人は、倒れこむように椅子に座り、さやかさんの髪の毛を引っ張った。
 ズボンのジッパーを空ける音がした。
 その場所からは背もたれしか見えなかったけれど、取り出す様子と。さやかさんのためらう様子がわかった。
「子供が……」
「しるか。気が済むようにしろと、君が言ったんだ」
 ためらいながら、さやかさんがうつむくのが見えた。
「違うだろ。子供じゃないんだから。もっと奥だよ」
 男の人がさやかさんの頭を押さえつけた。
 さやかさんは吐きそうになって、少しだけ暴れた。くぐもった悲鳴みたいなものと、こみ上げる嗚咽の音がまじって、ケモノが呻いているみたいだった。
 ぼくは我にかえって、リビングを出た。
 助けを呼ばないと、さやかさんが滅茶苦茶にされてしまう。
 玄関で靴をひっかけて、ドアノブを握った。
 途端にドアは外に向けて開き、ぼくはひきずられてたたらを踏む。
 大きな男の人が、ドアの外に立っていた。腕はサキちゃんの胴ほどもある太さで、蛇の模様をした入れ墨があった。手にはテレビカメラみたいな機材の箱をさげていた。
「わるいなぼく。撮影がおわるまで、散歩は禁止だ」
 男の人は、ぼくの首の後ろをつまんだ。叩いてもびくともしなかった。
「子供部屋でおとなしくしていようなぁ」
 そんなごつい男の人が、次々と五人も入ってきた。みんな手には照明器具や、カメラを持っていた。
 ぼくは暴れながら廊下をひきずられた。
「子供に乱暴はやめて!」
 とさやかさんが取り乱した声で言った。口の端がもどした粘液みたいなもので汚れていた。
「乱暴はしないよ、ま、君しだいだが」
 知らないおじさんは、楽しげに笑った。
「どうせ、金は返ってこない。だから君に稼いでもらうことにした。美人だからね、いい画がとれると思うよ。協力してくれるかな」
 さやかさんは、呆然とカメラの準備をする男たちを眺めていた。
 少しだけ唇が痙攣するのが見えた。さやかさんの泣き顔をは見たくないと、とっさに思ったけれど、さやかさんの口をついて出たのは、泣き声ではなく、笑い声だった。
 さやかさんはくすくすと笑った。
「なにがおかしいんだね?」
「だって、おかしいわ。こんなことしても傷つくのはわたしじゃないもの。わたしは平気よ、子供の頃からこんなこと慣れてるの、こんなふうに生き残るしかなかったんだから。どうせわたしにはこれしかないのよ」
「……やめろ」
「どうなの? いちどは愛した女が、男たちに物みたいに扱われるのを見るのは? 満足かしら? 興奮するの? 汚されて痛くされるところが見たいのね」
「やめろ!」
「……やめないわ。よく見ておくのよ。どんな女か教えてあげる。後悔すればいいわ」
 おじさんは、疲れきったようにうなだれてしまい。力のない声で呟いた。
「……はじめてくれ」
 男の人が、さやかさんのワンピースに手をかけた。
 小さなボタンがいくつも弾けて床に跳ねた。
 いくつも腕が、さやかさんを抱え上げた。
 誰かが下着を引き裂こうとしたけれで、うまくいかずに白い太ももに赤いあざがついた。
 さやかさんは、ライオンの群れに食べられる動物みたいだった。
 ぼくはなにか分けが分からないことを叫びながら、男たちにつかみかかろうとした。
「ぼうず。見ないほうがいい」
 男たちのひとりが言って、ぼくをおもちゃを片付けるみたいに子供部屋に放り込んだ。
 痛くされたみたいで、さやかさんの悲鳴が子供部屋まで届いた。
 げらげらと笑う男たちの声がした。
 サキちゃんは青ざめたまま、ぽつりと部屋の真ん中に座っていた。
「わたしが電話したの。ひとつまえのパパなのよ」
「……サキちゃん、どうして」
「おかあさんが悪いのよ。悪いことをしたら、悪いことをされるのよ」
 サキちゃんはそれきりなにも言わなくて、壁を見つめていた。
 リビングから男たちの声が聞こえた。
――どうしたんだ。腰が動いてるぞ。気持ちいいのか?
――気持ち……いいのよ。いけないの!
――いいから、いけいけ。いってもいいぞ淫乱。
――ぃ……くぅうううう!
 静かになって、しばらくしてから子供が泣くような、大きな泣き声が聞こえた。
――な、もうどうでもよくなったろ。
 男たちの笑い声がして、泣き声はすぐに甘い声にかわった。

      続く

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