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【 疫病神 】(4/4)

まだ高校生だったのに、色仕掛けで―

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「まだ高校生だったのに、色仕掛けで男をだましたんでしょ? 殺し合いをさせたのよね。上品なふりをしてるけど淫売なんでしょ」
 登坂水恵はペットボトルを手の平で叩きながら言った。衝撃は内臓に響いてわたしは震えあがった。あり得ないことだけれどおなかの赤ちゃんが怯えていると思った。
「淫売です! やらしい女です! やめて……おねがい」
「男達に殺し合いをさせるのは愉しかった? 女王様だったんでしょ」
 そんなわけない。自分が優位であることを愉しむのは、人間の習性だ。わたしにそんな感情はない。
 わたしは妹を救おうとしただけだ。
「どんなふうにして、言うことをきかせたの? 口を使ったの、お尻の穴も使ったんでしょ? ちゃんと説明してよ」
 わたしは説明をした。登坂水恵は愉快そうに笑って、男たちは目を血走らせた。
 あの時と同じだ。
 人間は暴力に酔ってしまう。
 我慢できないと言うように、相馬亮平は登坂水恵を押しのけた。
「ちょっと、あんた興奮してんじゃないでしょうね」
「悪いかよ……おまえ、相手してくれんのか」
 山之内もとむは、ぎょっとしたように登坂水恵の顔を眺めた。
 登坂水恵は舌打ちをして、山之内もとむから目をそらす。この女は、二人の男に嘘をついているようだった。
「バカじゃない。こんなユルイのがよかったら勝手にすれば」
 相馬良平はせっかちに、力まかせにお尻のペットボトルを抜いた。
 ぼこんっと容器の変形する音がして、わたしは裂けてしまいそうな痛みに息をつまらせた。
 相馬良平は、穴が閉じるのも待たずに、自分のものを突き入れた。
 異物とは違う、なじむような感覚があって、わたしは思わず声をもらした。
「やらしいわね。お尻がいいの? 汚い穴がいいのね」
 黙って、せまってくる快感に耐えていると、登坂水恵は力一杯わたしの横面をはたいた。
「返事しなさいよ! 汚い穴が気持ちいいですって返事できないの?」
 叩かれるたびに、首がねじれて意識が遠くなった。
 相馬良平は、機械みたいに腰を動かしていて、粘膜がこすれて熱くなった。お尻を強く鷲掴みにされて、食い込んだ爪が皮膚を破るのがわかった。
「……ああ!」
 登坂水恵が勝ち誇ったように言った。
「気持ちいいんでしょ」
「気持ち……いいです。ああ!だめ……ゆっくりしてください」
「いっちゃいそうなの?」
「だめ、だめ、だめ……く、くぅううう」
「汚い穴でいきますって、ちゃんと言うのよ」
「汚いあなで……いっくぅううう」
 相馬良平は、わたしの直腸の中で力尽きた。
 山之内もとむは呆然といった様子で、悪鬼のような登坂水恵を見つめていた。この男の手は震えていた。
 相馬良平の荒い息が、わたしの首筋にかかった。
「くそ、なんだくそ……なんでこんなことになってんだよ」
 相馬良平は両腕でわたしの体を打ち捨てるように押しのけた。


 車の後席で、目隠しをされ、手を縛られた。
 運転をしているのは登坂水絵だった。車が走っている間も、相馬良平はわたしを犯し続けた。
 ゴムをつけているので、ほんとうに殺す気だとわかった。体液を鑑定されないように気をつけているのだ。わたしは馬鹿みたいに泣いて、馬鹿みたいにいき続けた。この男たちは完全に油断していた。
 長い間走って、どこか腐葉土の臭いがする場所で下ろされた。わたしはもう裸も同然で、どろどろに汚れたブラウスをまとっているだけだった。ぜんぶわたしの体液だ。すっぱい臭いがしていた。
 首にかけたロープで、登坂水絵はわたしを犬みたいに引っ張った。
 三度転んで、転ぶたびに誰かがわたしを蹴った。膝に食い込んだままの砂利が、ずきずきと痛んだ。
 山間の駐車場のようだ。なにかの観光地なのかも知れない。
 遠くに滝の音が聞こえた。
 虫の声があちこちで響いていて。あとは男たちの足音が聞こえるだけだった。
「膝をつきなさい」
 登坂水絵は言った。
「ちょうどいいタイヤはなかったわ。ネックレーシングは無理ね。ここがどこだかわかる?」
「わかりません……殺さないでください」
「山奥なのよ。誰も来ないわ。どんなに叫んでも大丈夫よ」
「叫びません……誰にもいいません」
 登坂水絵はわたしのあごをつかんで、顔を上げさせた。
「うそよ。警察にいくでしょ。恥知らずな女だもの。黙っていたりしないわ。もう、どんなふうに仕返しするか考えているんでしょう?」
 たぶん、永久に理解しあえることはない。この女の尺度では、それが当たり前の行動なのだ。
「しかえしなんてしません。殺さないで」
「膝をつきなさい」
 わたしは言われた通りにして、痛みに耐えた。冷たい風が足元をふいていった。虫の声が大きくなったような気がした。むき出しの太ももをなにかが濡らした。登坂水絵は水鉄砲を使うように、わたしの足元に液体をかけた。オイルライターのオイルの臭いがした。揮発性の燃料の臭いだ。
 おどしのつもりなのか、本気なのか、はっきりとは分からなかった。殺すつもりなら頭からかけるような気がするけれど、苦しませるつもりなら、足元を燃やすのが効果的だとは思った。
「火力がいまいちだから、死ぬまでに時間がかるわね。マッチなんて久しぶりに見たわ。お線香のところにしか置いてないのよ。探しちゃった」
「おい、ほんとうにやるのか? いろいろ見られてんだぞ、おれ達」
「見られたからじゃなくて、びびってるんでしょ。亮平に出来ないのなら、山之内くんにやってもらうわ。ね、山之内くん。できるでしょ」
 思った通りだった。暴走しているのは登坂水絵だけだ。
 男たちは、人殺しまでする気はないのだ。
 だから、突き崩すならその部分しかない。
「最初から、山之内くんを犯人にするつもりだったの?」
 わたしは言った。三人が息を飲むのがわかった。
「いつから相馬くんとつき合ってるの? 登坂さん」
 山之内もとむは、かすれた声で言った。
「そうなのか? ぼくを二人でだましているのか?」
 登坂水絵は動揺していた。もしかしたら図星なのかもしれない。
「ば、馬鹿ね。でまかせに決まってるじゃない。争わせようとしているのよ。悪あがきよ」
「店の人間は相馬くんの友人だものね、相馬くんに有利な証言をするに決まってるわ。考えれば簡単でしょう? あなたに罪をきせるつもりなのよ」
「いや、待てよ。おれも殺すのには反対だ。女ひとりで、もう会社も退職してるし、なにもしやしねぇよ。やり過ぎだって水絵」
「なんですって? なんでもするって言ったじゃない。嘘だったの?」
 人は感情で判断をするので、墓穴を掘り始めると際限がない。
「やっぱり、そういう関係なんでしょ」
 わたしが言うと、山之内もとむは駄々をこねるような半べそで言った。
「どういうことだよ。本当はぼくが好きだって言ったじゃないか。だからこんなことに協力してるのに」
 山之内もとむは、登坂水絵につめよった。
 相馬亮平も気色ばんでいた。
「おい、水絵! どういうことだよ」
「知らないわよ! この男が勝手にのぼせ上がっているのよ!」
 ものも言わずに、突進する気配があった。
 体をぶつける音がして、絶叫があがった。悲鳴は相馬亮平の声だった。わたしは顔をもぞもぞと動かして、目隠しをずらした。視界が必要だった。 
 ずれた目隠しの細長い視界に映ったのは、血でぬれたナイフを握った山之内もとむと、喉から噴出した血を止めようとする相馬亮平だった。
「なにしてんのよ、あんた! 馬鹿じゃないの? そんな女の口車にのってどうするのよ!」
 相馬亮平は尻餅をついたまま、血を止めようと必死だった。出血でまもなく死ぬとわかっているのだ。
「おい、止めてくれよ。なんかないのかよ。そのネクタイでいいよ。山之内! ネクタイ貸してくれよ! 頼むよ」
 そう言っている間も、指の間からほとばしる血は、土の地面にじゃぶじゃぶと吸い込まれていた。わたしは夏の暑い日の水遣りを思い出した。
 夜空はこわいくらいに澄んでいて、星が降りそそぐように瞬いていた。駐車場は山の谷あいにあった。山の稜線が漆黒のシルエットになって、わたし達を取り囲んでいた。天の川が星空の真ん中を横切っている。あの中どれかには人間以外の生き物も住んでいるかもしれない。わたしとうまくやれる生き物もいるかもしれない。わたしは立ち上がって、車のヘッドライトに向けて歩いた。手を縛ったロープの結び目は緩かった。素人の結び目だ。がんばったらほどけるかもしれない。
「もう、そいつはいいから、追いかけてよ山之内くん! あの女逃げちゃうよ。逃げられたらなにもかも終わりだよ。結婚もできないし、子供もムリだよ!」
「……そいつっておれのことかよ」
 そういう相馬亮平の声には、ごぼごぼ言うだけで、もう力がなかった。
「ひでぇな……」
 相馬亮平は、地面に倒れた。生き物は血を失うと死ぬのだ。
 振り返りながら走っていたわたしは、山之内もとむが追いかけてくるのを見た。
「ほんとは、こんなの嫌なんだ。ごめんよ」
 山之内もとむが手にしているのは斧だった。登坂水絵が持っていたものだ。たぶん、わたしに使うつもりだったのだろう。わたしは後ろ手にしばられたままだった。
「嫌だったんだ。水絵ちゃんが見てる前で、あんなことするのも嫌だし、痛いことをするのも嫌なんだ。でも仕方ないんだよ。二人の生活の為だから」
 わたしは転んだ。山之内もとむはすぐに追いついた。わたしの鼻先で一度距離をはかり、斧を振り上げた。
 赤ちゃんを殺すわけにはいかない。わたしは叫んだ。
「部長をはめたのはわたしじゃないわ! 登坂水絵よ!」
 山之内もとむはぼんやりと、わたしを見下ろした。
「どういうこと?」
「わたしは、告発なんかしていないの。告発したのは登坂水絵よ。部長に相手にしてもらえないから、憎くなったのよ。あの子が愛しているのは部長なの!」
「でも、昔の話だって……」
「考えてみて、昔の話ならどうしてこんなことをする必要があるの? 関係がないことでしょう?」
「ほんとなの? 水絵ちゃん」
 登坂水絵と山之内もとむの間には距離がある。わたしはたたみかけた。
「都合がよかっただけよ。だれでもよかったのよ。騙しやすいほうがよかったの。だってあの子の頭には部長しかいないんだから」
「でも……」
 山之内もとむは、斧をおろして登坂水絵を振り返った。
「でも、結婚してくれるって言ったよね」
 登坂水絵は腹立たしげに言った。
「どこまで使えない男なのよ! 結婚なんかするわけないでしょ! どうしてわたしがあんたなんかと結婚しないといけないのよ!」
「……水絵ちゃん」
 登坂水絵は、山之内もとむに歩き寄った。顔には蔑むような失望が浮んでいて、山之内もとむを射殺すように睨んでいた。
「もういいわ、下がってなさいよ。あとはあたしがやるから。その斧を――」
 差し出した手に、山之内もとむは、斧を振り下ろした。
 ほっそりとした手首が、地面に落ちた。
 登坂水絵は長い悲鳴を上げた。胸に傷を抱えて、山之内を睨む。
「手が――あんた、なにしてんのよ! わたしの手が」
「……信じていたのに」
 山之内もとむは泣くような声で言った。
 わたしはヘッドライトに走った。なんどか引っ張ったり緩めたりすると、ロープから手を抜くことができた。車は見かけない車だった。盗んできたのなら周到な準備だ。もしかしたらあいつらは、殺さないまでも、なんどかこんなことを繰り返してきたかも知れない。エンジンをかけず。ヘッドライトをつけていた。古い型のRV車だ。
 わたしは伸び上げるようにして、運転席に乗り込み、エンジンをかけた。アクセルを踏み込むと、エンジンは吠えるように回転を上げた。
 セレクターをドライブにすると、車ははじかれたように加速した。地面にビニール紐で示した駐車スペースが、速度を上げると後ろに流れていった。
 山之内もとむは、這って逃げる登坂水絵に、斧を振り上げたところだった。
 ヘッドライトに照らされた二人は眩しそうに目を細めた。
 フロントガラスの中に大きくなった山之内もとむの体は、人形みたいにボンネットに叩きつけられた。手にしていた斧が、フロントガラスに突き刺さった。
 ブレーキをかけ、セレクターをパーキングにして車を降りると、山之内もとむはフロントグリルに引っかかった肉塊になっていた。叩きつけられた反動で地面に倒れ、からだの半分を車の下に敷かれて、空ろな目で空を眺めていた。
「たすけて、血が止まらないの!」
 登坂水絵は手首にハンカチを巻こうとしていた。うまくいかず、失敗するたびに血がこぼれた。
 わたしは周囲を歩いて、必要なものをかき集めた。登坂水絵の手首と、ライターオイルの缶と、マッチの箱だ。
 泣きじゃくっている登坂水絵に、わたしはライターのオイルをかけた。
 缶を指でおすと、燃料は勢い良く飛び出して、2メートル近く飛んだ。わたしは足元から頭までまんべんなく燃料をかけた。その間、ずっと登坂水絵は泣きじゃくっていた。
 べつに感慨はない。胸がすくわけでもないし、快感があるわけでもない。憎いとすら思わない。ただ、この娘はわたしの赤ちゃんを殺そうとした。もう一度、同じことをさせるわけにはいかない。
「準備ができたわ」
 わたしがそう言うと、登坂水絵は泣き声であげた。
「血が止まらないの」
 状況的に失血の心配をしている場合ではない。すこし頭がおかしくなっているのかも知れない。わたしは聞いてみた。
「死にたくないの?」
「……死にたくない」
「じゃあ、これでいってみて」
 わたしは登坂水絵の足元に、彼女の手首を投げた。
「その指でちゃんといけたら、血を止めてあげる。病院に連れて行ってあげるわ」
 登坂水絵は泣きながら膝立ちになって下着を下ろし、自分の手首をひろって、両足の間にこすりつけた。
 泣きじゃくりながら鼻にかかった声をあげた。死にたくなければどんなことだってする。
「気持ちいいの?」
 わたしは聞いてみた。
「……気持ちいいです」
 と答えながら、登坂水絵はすすり泣いた。
「そんなわけないでしょ」
 わたしはため息をついて、マッチをすった。自分に引火しないか心配だったが、大丈夫のようだった。
ぼんやりと見上げる登坂水絵の瞳に、マッチの炎が映った。


 炎につつまれた肉塊は二分くらいの間、転げまわっていた。
 やがて動かなくなると、駐車場にはライトの消し忘れを知らせる警告音が響いていた。虫の声は警告音より大きかった。ときどき肉のはぜる音がした。髪の毛の燃える悪臭は無視することにした。
 こんなにも星が綺麗なのに、わざわざ不愉快なことを考える必要はないのだ。
 この連中は素人だ。わたしはこの世に生まれてからずっと、こんな闘争を続けてきたのだ。その相手は、父親であり、妹であり、母親もそうだし、時には友達が相手だった。
 わたしは、それでも生き残ってきた。意味なんてないのに、一生一人きりなのに、ただ殺されはしないというプライドだけで、生き残ってきたのだ。
 わたしは斧で相馬良平の手首を切り落とし、火の中にくべた、爪にわたしの血液が残っている筈だ。その作業を終えてから、わたしはやはり、男達の死体も焼くことにした、いろんな物からDNAを採取される可能性がある、用心にこしたことはない。
 車は途中で乗り捨てよう。指紋をふき取るのを忘れないようにしないといけない。ここがどこか知らないけれど、電車もないような遠くに来たわけではない。途中で服を買って着替えよう。汚れた服は捨てて帰ろう。早く自宅に辿り着く必要がある。わたしは事件に巻き込まれなどいない。ちゃんと自分の部屋で眠ったのだ。
 わたしはなにも知らない。
 ある意味、ほんとうの事だ。わたしはこの人たちが、どんな感情のもとに行動したのか、まったく共感することができない。推測し理解することは出来る。でもそれはまったく違うレベルでの理解だ。脳の電位分布を理解しても、大切な人を失った悲しみを理解したことにならないのと同じだ。


 どうして、わたしは他の人間と違うのだろう?
 わたしは何度も考えてみた。わたしにだって感情はあるし、喜びやぬくもりも知っている。わたしに欠けている感情は、関係について感じるたぐいの物だ。「共感」「仲間意識」「貢献」「依存」そんな言葉をわたしの感情は理解することができない。
 わたしは社会的な生き物ではないのだ。それを人間達は敏感に見抜いてしまう。
 わたしは駐車場に散乱した燃える三つの死体を眺めた。
 普通の人間だった筈だ。平凡で嫉妬深く、わがままで、微笑ましい人間だった。狂わせたのはわたしだ。わたしのような存在を、人間達は『疫病神』と呼ぶ。
 わたしは死ぬまで一人きりだ。生まれてこないほうがよかったのだ。
 わたしは自分の下腹部を押さえた。大丈夫のようだった。痛みもないし出血してもいない。わたしは小さな命を守り通した。
 わたしは母親になってみせる。意味がないなんて、誰にも言わせない。わたしにもこの世に生命を生んで、守り育てることが出来る。証明してみせる。わたしは母親になるのだ。
 それから、後ならいい。殺すなら殺せばいい。
 きっとわたしは微笑んで、一生を終えることができる。
 わたしは、たしかに人間だったと。

終り

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