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【APOPTOSIS】(10/12)R15注意

ぼくはカワセミを自爆モードにして―

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 ぼくはカワセミを自爆モードにして、頭部複合センサ付近で爆発させてやった。あいさつがわりだ。
 周囲を警戒せずに、作業するわけがない。ぼくは六体のカワセミで、ちゃんと相手の姿を捉えていた。
 こいつは、ぼくの罠にかかった。のこのこと姿を現してきた。
 この偽体の動きは、斎賀亮平だ。
 利口なつもりで証拠を集めに来るぼくを待っていたのだ。ということは本人も、目視できる範囲にいる。この場所を観察できるどこかだ。
 ぼくは残りのカワセミ、五体のうちの二体を捜索のために放った。
 目星をつけた場所は三か所だ、そのどこかに斎賀亮平がいる。
 くちびるの端がまくれあがり、犬歯がむきだしになるのがわかった。これは笑みか? ぼくの表情? ケダモノみたいだ。
 斎賀亮平が、実行犯だ。この男が惣領かえでを殺した。
 獲物はこの男だ。
 ぼくはラボへのリンクを全部切断してから、偽体の起動シークエンスに入った。
 ショルダーバッグからPDWを取りだして、安全レバーをフルオートの位置にする。ハンドルの根元に埋め込まれたレバーで操作するようになっていた。倍率なしの光学照準には、シンプルな照準点(レティクル)が浮かんでいる。
 ぼくは、センサの再起動シークエンスで硬直している偽体にレティクルを合わせ、トリガーを絞った。
 頭部センサ群に一斉射。胴部の制御装置にも斉射。斉射を加えつつ後退して、せまってくる二体目の死角からは出ないようにする。
 一体目と二体目の連携はカワセミの自爆で絶ったけれど。二体目と三体目は不用意には動いてはいない。
 もし、斎賀亮平がカワセミと並行して三体の偽体を操っていたのなら大したものだ。ぼく以外にそんなことが出来る奴がいるとは思わなかった。
 一体目は沈黙したようだ。バッグから弾倉をとりだして交換する。
 偽体のチェックシークエンスは七十パーセント完了。
 斎賀亮平は、ぼく自身よりも起動中の偽体が脅威と判断したようだ。制御盤に向けて二体から射撃を加える。口径の大きいバトルライフルからの射撃だ。フルオートではない、一定のリズムの断続的な射撃。火花が飛び、剥がれたペンキが舞った。金属片がよじれてゆく。
 起動チェックシークエンスが左腕制御のエラーを確認する。信号途絶。ぼくはシークエンスに続行を命じる。エラーを無視してチェックは進んでゆく。
 チェックシークエンス、八十五パーセント完了。
 カワセミは路上駐車のトラックに、斎賀亮平の姿を確認する。シートに座る銀髪。筋張った頬。軍隊で使う、防弾プレート入りの装備を携帯する為のベスト。
 思った通りだ。夜の工場地帯に路上に放置されたトラックは不自然だ。ぼくはフロントガラスにカワセミを貼りつかせ、自爆を命じる。爆風で昏倒させるつもりだった。
 斎賀亮平が操る二体の偽体は、動きが止まる。
 チェックシークエンス完了。
 ぼくは偽体のマニュピレータにバトルライフルを装備する。腰部のパックが自動的にライフルの予備弾倉に差し替えられる。どちらにしても、左腕がやられているので、マガジン交換ができない。確実に当ててゆくしかない。
 ぼくは偽体からさらに二体のカワセミを追加して、斎賀亮平のところに送った。ぜんぶ使い切ったってかまわない。
 バトルライフルのレティクルを二体目の偽体に合わせる。長射程を狙っている訳ではないので、倍率は1.5倍だ。頭部を射撃する。運動エネルギーは暴力的に頭部を歪んだ金属片に変える。偽体は頭に引きずられるようにして、地面になぎ倒される。
 そのまま、胴部に二発くらわせる。偽体は人間のように震え、黒い輸液をまき散らす。
 三体目が息を吹き返した。爆薬が十分ではなかった。斎賀亮平がコントロールを取り戻したのだ。
 ぼくの偽体は、右腕に弾丸を受けて、回転しながら倒れた。
 マニュピレータは両方とも機能停止。もう、武装を操作することはできない。
 最初に出した一体と、追加で投入した二体のハチドリが、斎賀亮平の銀色の髪を視界に入れていた。斎賀亮平は、ダメージを受けているようだ。トラックから降りてはいるが、足元はおぼつかない。
 巨人がバットをフルスイングしたような音を立てて、ぼくが遮蔽物として使っていた金属柱に穴があいた。制御装置を雨に濡らさないようにする屋根を支える柱だ。柱は空いた穴にひきずられて裂けている。三体目の偽体からぼくの姿は見えない筈だ。
 斎賀亮平は無視界射撃を実行していた。
 ぼくは 斎賀亮平が操るカワセミの姿を捜し――目標位置特定する時は高速移動はできない――やや離れた上方に浮かんでいるカワセミを、PDWのフルオート射撃で撃墜した。手の中のPDWが熱をもって、オゾンの臭いをさせている。ぼくは弾倉を交換する。と同時にぼくは三体のカワセミに斎賀亮平への突入を命じる。フロントガラス越しでは足りなかったが、直撃なら人間の頭がい骨をばらばらにするくらいの威力はある。
 息の根を止めてやる。
 斎賀亮平は、防弾プレートキャリアを兼ねたチェストリグから――くそ、あっちは人目を気にせずに堂々と装備してやがる――手りゅう弾のような物体を取り出し、自分の前方に放り出した。閃光はなく、破裂音と共に広がったのは、黒い繊維だ。
 ブラックアウト爆弾だった。本来の目的は送電施設などにショートを起こさせ、停電を発生させるための爆弾だ。少量の爆薬で、大量の導電性の炭素繊維をまき散らす。斎賀亮平はブラックアウト爆弾をカワセミの飛行を阻害する為に使用した。黒い繊維の雲に突っ込んだカワセミは、羽根に繊維をからみつかせて、路上に転がった。ぼくはあきらめてリンクを切る。
 こいつは想定して、対策を準備している。がちでやる気だ。おもしろい。やってやるよ。
 斎賀亮平を見失うわけにはいかない。ぼくは周辺監視から二体のカワセミを斎賀のもとに送った。そのかわり偽体に装備されていた四体のカワセミを新たに放出し、周辺警戒にあたらせる。
 斎賀亮平の三体目の偽体がせまってくる。ぼくは後退した。体を低くして走る。この地域にはあまり有効な遮蔽物がない。視野に入らないようにしないとやられる。
 半透明の野菜工場の間を走る。人口太陽のせいで、二階建ての工場は照明パネルのように光っていた。日中は太陽光、夜間は太陽によく似たスペクトル照明になっているのだ。工場に挟まれた道路は、トラックが通るため、幅の広い二車線になっている。
 ぼくは斎賀亮平の通信チャンネルを探した。向こうも探してたみたいだ。暗号化したラインがつながる。
『どうして殺した!』
『知っていたからだ。俺にだって選択の余地はなかった』
『あんなことを!』
『ひとつだけ清潔な死体をつくるわけにはいかないだろう。低能よばわりはごめんだ』
『片岡さんは知っているのか?』
『あの男は正義感が強すぎてね。このプロジェクトは限られた人間しか知らない。報告しても検証のしようがない。検証ができない事柄は誰が判断したって同じだ。世論に問うかい? どんなききかたをする? 異常者を処刑してもかまわないかと?』
 斎賀亮平はぼくの位置を知っていた。どこかにカワセミがいるようだ。斎賀亮平の偽体は走ってぼくを追っている。くそ、鬼ごっこだ。
 ぼくも走った。でもむやみに走ったわけじゃない。ぼくの方も斎賀亮平の位置を特定している。斎賀亮平の方向へ走った。
 直接殺れば。偽体は止まる。
 斎賀亮平が操る偽体の足を止める為、時々、無視界射撃で牽制を加える。野菜工場の半透明なパネル越しの射撃だ。貫通弾でそれほどのダメージは与えられない。偽体は弾丸を浴びると滝に打たれたように立ち止まるが、斉射が終わるたびに問題なく歩き出す。バッグの予備弾倉はどんどん減っている。
 そうしている間に、斎賀亮平はフルオート機能付きの拳銃で、カワセミを二体撃墜することに成功している。
 自前の身体機能も大したものだ。普通の生身の人間には、絶対にできない芸当だった。
 ぼくはさらに二体のカワセミを斎賀亮平に送る。これ以上は回せられない。偽体の追跡が出来なくなる。ぼくはその内一台のカワセミを手元に呼び寄せ、ポケットから取り出したおみやげを渡した。カワセミは脚部の小さなマニュピレータでおみやげを受け取った。そのまま飛び去ってゆく。
 対策をしてきたのは斎賀亮平だけじゃない。
 なんだか詰将棋みたいになってきた。
『異常者を何人殺そうとかまわない。ぼくには関係ない。でも惣領かえでは違う。異常者じゃないし、誰も傷つけてないじゃないか』
『あんたらしくない非論理的な見解だ。生命は生命で、よい命も悪い命もない。惣領かえでがあんたにとって都合のいい命だったとしても、俺には関係ないことくらい、あんたにだって分かるだろう。木山彩斗。俺は仕事をしただけだ』
 斎賀亮平が射程に入った。副現実上に位置情報がカーソルで指示されている。斎賀亮平が移動した軌跡がキューで示されている。
 自分が無視界射撃を受ける可能性を理解しているので、斎賀亮平は同じ場所にはとどまってはいない。
 野菜工場のプラスチックのパネルを破った弾丸が、先ほど通ったばかりの道路を削った。拳銃弾なのでパネルを貫通して直進するのは無理だったようだ。
 走りながら、ぼくも斎賀亮平を示すカーソルに牽制の射撃を加えた。当たらないとは思う。落ち着いてこちらを照準させないためだ。
 すぐ脇のプラスチックパネルが弾け飛んだ。偽体の射撃だ。振り返ると、道路のずっと向こう五十メートルの距離に偽体の姿があった。
 光学照準を備えたライフルには、目の前といってもいい距離だ。
 でも、ぼくだってぼんやりと死の瞬間を待っていたわけじゃない。
 すぐそばに、バトルライフルが落ちている。これは神様の偶然じゃない。マニュピレータ機能を失ったぼくの偽体は機能を停止したわけではないのだ。斎賀亮平の関心が薄れるのを待って制御し、苦労して銃を脇の下に挟んで、ここまで運んだ。
 その後、ぼくの義体には、斎賀亮平の偽体の後を追わせた。
 ぼくはPDWをスリングでぶら下げ、ライフルを手にして、装弾を確認した。
 逆に斎賀亮平の偽体に向けて走る。
 意外な動きに、一瞬だけ斎賀亮平は判断を迷ったようだ。ライフルを装備した偽体に突撃してくるなんて自殺行為もいいとこだ。けれど、この機会を逃すことはできないと判断したのだろう。斎賀亮平の偽体はライフルを肩付けした。
 それを待っていた。
 ぼくはじぶんの偽体を操作して、斎賀亮平の偽体に体当たりを食らわせた。物陰でチャンスを待っていたのだ。たとえ拡張能力者でも、そこにあると予測していない物を追跡する事はできない。ぼくは斎賀亮平がカワセミを配置していると思われる場所をさけながら、偽体を移動させていたのだ。
 偽体は、もつれあって倒れた。
 照準線は、ぼくを逸れる。
 ぼくは走って傍までゆき、斎賀亮平の偽体に、機械的な破壊を行った。照準なんて必要ない距離だけど、ぼくはちゃんと肩つけして射撃した。
 頭部複合センサ破壊。
 胴部制御ユニット破壊。
 自爆の可能性があるので、少し下がる。
 機能停止確認。
 カワセミの画像で、ぼくの方へ向かう斎賀亮平の姿を確認した。拳銃を構えている。
 ぼくは位置を移動した。路上に農作業用の車両があったので、車両の陰にまわる。
 着弾は作業車のガラスを砕き、破片をまき散らした。
 無理だよ。もう詰まってる。おまえの負けだ、斎賀亮平。撤収するのが正解だった。
 斎賀亮平の頭上に、おみやげを持たせたカワセミが浮遊していた。効果半径は三十メートル。ぼくも危険な距離にいる。
 それほど大した効果はなくて、気休めみたいなものだけれど、ぼくはバッグから金属繊維で織られた防電磁シートを取り出して、頭からかぶった。戦場で核爆発があった時、電磁波パルス(EMP)から電子機器を守るために開発されたシートだ。
 ぼくはカワセミに持たせた、EPFCを起爆した。
 EPFC 、Explosively Pumped Flux Compressor 。日本語でいうと爆発力による磁束圧縮ジェネレータ。この爆弾は電磁誘導作用によって一瞬ではあるけど物凄い高電圧の電磁波パルス(EMP)を発生させる。電磁パルスは強力なサージ電流を発生し電子機器を破壊する。
 拡張能力者の身体は、微細でデリケートな無線機器、小さなナノマシンで制御されている。
 電磁パルスでもたらされる障害は明白だ。
 全ての全身機能の喪失。
 爆発の瞬間、ぼくは一瞬、身体感覚を失った。体を失った脳が、意識にパニックを起こさせようとする。遊園地のアトラクションで自由落下を経験する時のような、感覚喪失の恐怖。少しの間、耐えているとマイクロマシン達は連携を取り直し、ぼくの体は正常に戻った。
 立ち上がって、防電磁シートを捨てた。ライフルも捨てて、PDWを手にする。弾倉を交換した。
 まだ仕事が残っている。
 斎賀亮平は、人形のように、へんな角度で手足を投げ出し、路上に転がっていた。走っていたのでうつ伏せのままだ。
 ぼくは足で蹴って転がし、上を向かせた。
 地面にぶつけたのだろう、額の皮膚がはがれて垂れ下がっている。その部分は痛むようだ。この男もナノマシンの助けがなければ全身まひだ。銀色の髪は血で汚れていた。
「おどろいた。あんた化け物か? 俺は戦闘訓練を受けた傭兵なんだぞ。戦争を知らない国の、ただの警官にあしらわれるとは思ってなかった。獲物だと思っていたのにな」
「おまえは、つぐないをしないといけない。自分のしたことの意味を理解してもらいたいんだ」
「あんたも、おれが痛みを感じることが出来ないのは知っているだろ?」
 ぼくは斎賀亮平の右手に銃弾を浴びせ、ただの肉塊に変えた。
 斎賀亮平は顔色を変えることもなかった。
「おれの場合はかなり重度の麻痺だ。ほうっておいたって死ぬんだぜ」
 ぼくは斎賀亮平の左手を破壊した。
「気の毒だが、これはあんたが自分を傷つけているだけのことだ。人の体を自傷行為に使うのはよせ」
 ぼくは斎賀亮平の両足を破壊した。
「無意味だよ。おれはもう、生きるとか死ぬとか、そういう場所からはこぼれてしまってるんだ」
 なんだこれは。ぼくは復讐をとげることさえ許されていないのか?
 だだっこみたいじゃないか。したいことをしただけだ。
 なんだこれは、どうしてこの男はぼくを憎まないんだ? ぼくが目に入らないのか?
「疲れるだけだ。終わりにしろよ」
 ぼくは斎賀亮平の感情がない目に、照準を合わせた。斎賀亮平の目には、苦痛も絶望もなかった。ただ見てるだけだ。
 その時にぼくは理解した。惣領かえでがぼくにかまっていた理由。ぼくに優しくしてくれた理由だ。
 惣領かえでは暗闇から抜け出て、暗闇の意味を知っていた。
 彼女はぼくを助けようとしてくれていたのだ。
 それが、彼女の苛立ちの原因だ。
 ぼくが人を殺す人間だから。自分と世界を憎んで、他人を傷つける人間だからだ。
 惣領かえでは、ぼくを見ていられなかったのだ。
 ぼくが、ひとりぼっちの、ただ息をするだけの人殺しだからだ。
 ぼくは「こだまシステム」の殺害対象だった。西宮はるかもそれを知っていたのだ。知っていたから惣領かえでに相談し、真実を知った惣領かえでは殺害された。ぼくを助けようとして。
 なんだ、惣領かえでは、ぼくが殺したんじゃないか。

      続く

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